MBTIや16タイプのドアスラムと言えば、一般的にINFJのものを指すと思います。
ですが、私個人としては「そんなもの全タイプがやっている」と言いたくなるのもまた事実。
しかし、それを前面に出しては何を語るにも味気なくなってしまう。
そこで、今回は特にドアスラムと関連性が高そうなNF型について、ドアスラムという観点から考えてみたいと思います。
ドアスラムの定義
まずは、ドアスラムとは何なのかを簡潔にまとめてみましょう。
ドアスラムを端的に言うならば、特定人物や集団からの心の遮断です。
例えば連絡を急によこさなくなったり、感情を見せず事務的な対応になったり、ひどい時は完全に関係を絶ったりなど……とにかく心を閉ざすような行いを指すわけですね。

こんなもん誰でもやってますわ(笑)
キレたり悪口を吹聴したりではなく、あくまで波風立たせず静かに立ち去る。これがドアスラムの基本方針です。
静かに相手から離れ、心を閉ざし、鍵を閉める。
この一連の流れが部屋のドアを閉めるのと似ているから、ドアスラムという言葉が使われているわけです。
NF型のドアスラムはなぜ目立つ?
さて、では本題。ドアスラムと言えば一般的にINFJの風物詩のようなものですが、ではINFJが属すNF型のドアスラムとはどのようなものなのでしょうか?
正直なところ、NFが一番ドアスラムを多用します。これは揺るがない事実です。
ではなぜ、悪口や喧嘩ではなくドアスラムを選ぶのか?
ここについて考えてみましょう。
相手の価値観についても考える
狭量なNFの話など知りません。奴らはドアスラムなどする暇があるなら悪口を吹聴して相手を攻撃します。
ですが、ここではある程度以上まともなNFの話をしましょう。
NF型は、基本的に受容性が高い人たちです。そのため、「こいつはどうしようもない奴だ」と感じた時でも、ふと立ち止まってこうも考えるのです。
「この人にもこの人なりの思想があるのでは?」

まるで善人みたいな考え方ですね。けっ
相手なりの考え方を尊重する気まではなくても、一応存在だけは気に留めておいてやる。だからNF型は喧嘩をふっかけるのではなく、ドアスラムという比較的穏当なやり方で事を済ませるわけですね。
怒り<失望
攻撃やキレ芸は怒りの先にしかありません。とすれば、ドアスラムは怒りとは別の感情から生じると考えることもできるのではないでしょうか。
では怒り以外のネガティブ感情とは何なのかという話ですが……これを平たく表現するならば、失望という言葉がしっくりきますね。
NF型は怒りより失望が先に来るタイプなので、わざわざ怒りのままに行動しようとはしないタイプのように思えます。
そのため、ため息混じりに黙って相手から離れる事を選ぶわけです。
誰しも、軽蔑した相手やどうでもいい相手にわざわざ喧嘩を売るようなことはしませんよね?
NF型も普通の人の例に漏れず、失望を覚えた相手に対して静かにドアスラムします。
非難までする必要を感じない
どうでもいい相手をわざわざ非難する暇人もそうはいません。NF型も同じで、よほど暇な人でない限り自らどうでもいい相手を敵に回すようなことはしないでしょう。
そのため、NF型はドアスラムという穏当な撤退を選びます。
先述した通り、NF型は怒りよりも失望を覚えやすいタイプです。
そのため、好きな相手に苛立ちを覚えた時は「どうでもいい人」に相手を格下げする事を選ぶでしょう。
わざわざ関わる価値を感じない……みたいな感じですね。怒りを感じるのもエネルギーを使うので、自分の中での相手の価値を下げる事で意識をシャットアウトするわけです。

冷た……!善人面しときながら、どれだけ気に入った相手でもいつでもどうでもいい奴に格下げできるって事じゃないですか!
え、人情味どこいった?
そもそも怒りを共有する相手がいない
N型の理解者はそう多くはありません。とすれば、NFもご多分に漏れず理解者の少ないタイプ群と解釈できます。
要は怒っても理解してくれる人はそんなにいないわけですね。
中には無条件でどんな理不尽な怒りでも同調してくれる人はいますが、NF型がそんな中身のない同調や同情を求めているのかというと微妙なところ。
とすれば怒りを真摯に受け入れてくれる人が必要なわけで、そうでもなければ怒っても虚しさしか残らないのでしょう。

この辺INFJが一番ドアスラムにに近い理由の一つですね。
だって誰も理解しないんだもん。INFJの思考回路が独特&母数が少なすぎて意味不明です
NF型のドアスラムの条件
続けてドアスラムの条件ですが、これは主に二種類あると考えています。
一つは道徳性の欠如、もう一つは価値観の相違ですね。
道徳性の欠如
NF型は道徳心が強いタイプです。いや、道徳心や倫理観とは少し違うような……。
彼らの中には世間一般の倫理とは異なるオリジナルの道徳観や倫理観があり、それを踏み越えた相手に強い不快感を覚えます。

どーとくどーとくまたどーとく。
でも当人たちは倫理的にどうこうって言わないんだよなぁ。地雷がどこにあるかわかりません
この道徳や倫理は、普通の人には測れないものです。なぜなら、世間一般に言われる教科書通りの道徳とは少し異なるからです。
まあ人道的にアレな事をしなければ案外どうにかなるのかもしれませんが……道徳とはなんぞやがシークレットなので、正直地雷がどこにあるのかわかりにくいです。
価値観の相違
これは突き詰めれば「誰でも同じやろ」と言いたくなる条件ですが……、「ああ、この人と価値観が違うんだな」と感じると、NF型は黙って距離を離していくことが多いです。
NF型……特にNFPには、独自に練り上げられたオリジナルの価値観があります。そして、仲良くするかどうかは、多くの場合この価値観に沿って決められます。
とすれば、価値観が違えばもう用はないというわけです。価値観の合致こそが相手とつながる一番の理由なので、当然と言えば当然ですね。
無論、この価値観の最たる例は道徳です。
NF型の独自の倫理観から逸脱してしまえば、以後NF型はそっけない返事しか返さなくなるでしょう。
なぜINFJばかりが有名なのか
最後に、「なぜドアスラム=INFJなのか」についても考えてみましょう。
大半が憶測ですが、話半分に読んでいただければと。
書籍に書いてあったから
現在外出中で書籍が手元にないのでうろ覚えなのですが……何となく、MBTI公式書籍におけるINFJ解説のどこかにドアスラムについて言及されていたような……?
これは完全に記憶違いの可能性もあるのですが、まあそういうことにしておきましょう。
ぶっちゃけ、教科書にそう書かれていれば、自然と「このタイプと言えばこれ!」というイメージがつきますよね。ドアスラムもそんな感じで、INFJのイメージが定着したのでしょう。
「書籍にあった」。これは非常に大きな情報だと思います。
まあ公式書籍に「これはINFJのみに見られる傾向だ」と書かれていたかと言えばそんなことはなかったはずですが、それでも「ドアスラムはINFJ特有のもの」と解釈されても不思議はありません。
何となくある受容性のイメージ
一般的に「共感力が高い」とされるINFJですが、だからこそ、寛容さもまたINFJから連想される特徴なのかなと思います。
受容性が高いと、どんなものでも受け入れてしまいますよね。人のどのような部分でも許容し、理解を示し、寄り添う。そんなイメージを持つ方も多いかと思います。
そんなINFJが、ある日突然パタリと心を閉ざす。何となくインパクトがある字面です。
当然受容性のあるなしは人によりますが、イメージとしては受容性激高ということで。
繊細そうだから
まあ繊細と言えばINFPっぽい言葉なのですが、INFJも世間一般ではかなり繊細な方とされています。
一方、「ドアスラムは防御機構でもある」というのが一般的な言説。実際、ドアスラムはそういう側面がかなり強いです。
そこで生じる理屈が、「繊細な心を守るためには、ドアスラムは重要な防御機構」という論調です。
とすればINFPのドアスラムも有名になってもおかしくないのですが……寛容イメージと教科書にあったという事実から、INFJの専売特許のように扱われるようになったと考えるのが自然ですね。
まとめ
INFJばかりが有名なドアスラムですが、全タイプ誰でもこの機構は持っています。
今回は特にドアスラムを多用するNF型に焦点を絞りましたが、NTですら条件がそろえばドアスラムを選ぶこともあるでしょう。
とはいえ、NF型がドアスラムを選択することが目立つのもまた事実。今回はその辺りについて、略式ながらまとめてみました。
NFのドアスラムは、主に価値観の違いによってもたらされます。そのため、ドアスラム状態から立ち直るにはかなりの困難を伴うでしょう。
これだけ聞くと付き合いを維持するのが非常に難しいタイプのようですが、必ずしもそうとは言い切れないのが面白いところ。
NF型は結構寛容な人も多いので、嫌われることはあまりない……はず。
とはいえストライクゾーンは決して広くはないため、やっぱり付き合う相手はかなり厳選してそうですね。
というわけで、ドアスラムとNF型のお話でした。
筆者:春眠ねむむ
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