【エニアグラム】各タイプの根源的恐れと根源的欲求を自分なりに考えてみる

エニアグラム
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今回は多少ニッチな回ということで、根源的恐れと根源的欲求、この2つを噛み砕けるだけ乱雑に噛み砕いて解説していければなと。

正直言って、どこ需要かわかりません。ですがやります。個人的に面白そうだから。

読者目線で面白いかどうかはわかりませんが、お付き合いいただけますと幸いです。

根源的恐れ及び根源的欲求

まずは、ざっくりと根元的恐れ、そして根源的欲求について見ていくことにしましょう。

タイプ根源的恐れ根源的欲求
自分が邪悪で欠陥があること高潔でありたい
自分が愛されるに値しないこと愛されたい
自分に価値がない、本来価値を持っていないこと価値ある存在でありたい
アイデンティティや個人としての存在意義がないこと自分自身でありたい
役に立たず、無力・無能であること有能でありたい
支えや導きを持たないこと安全でありたい
必要なものを奪われ、痛みから逃れられないこと幸福でありたい
他者に傷つけられ、コントロールされること自分自身を守りたい
繋がりの喪失、分裂平和でありたい

多少意訳も入りましたが、大体こんな感じですね。

今回はこれらを噛み砕き、ざっくりと、私なりに解説できればと考えております。

正直どこまでが書籍の踏襲でどこからが好き勝手な自分理論になるかはわかりませんが、今回語っていく話の軸は上記の表です。

私が何を語っているのかわからなくなったら、表を照合しながら「なるほどそういうことか」とか「何言ってんだこいつ」などと思っていただければ幸いです。

ちなみに根源的恐れや根源的欲求について解説している記事もありますので、「独自語りはいいから根源的恐れや根源的欲求を話してくれ」という方は以下をご参照ください。

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根源的恐れ・欲求がどこから生じるのか

実のところ、根源的恐れにはその元となる「親から受けたメッセージ」というものがあります。

このメッセージにより子供たちは恐れを生じさせ、そしてそうならないようにと願う……これが根源的恐れや根源的欲求とされています。

書籍には、大体以下のようなことが書かれています。

タイプ親から受けたメッセージ
間違えるのはよくない
自分のニーズがあってはよくない
自分なりの気持ちやアイデンティティがあってはよくない
うまく生きられたり幸せすぎるのはよくない
世界の中で心地よくいるのはよくない
自分自身を信頼するのはよくない
いかなることでも人に頼るのはよくない
弱みがあったり人を信頼するのはよくない
自己主張するのはよくない

というわけで、ここから個人的な意見を混ぜ込んでいきましょう。

この親からのメッセージ、受け取り方にはいくつか種類があるように思えます。

ざっくりと考えるに、メッセージの受け取り方は以下の3種類。

1.親の言動から直接受け取った
2.親の行動を誇大に解釈した
3.親を反面教師にして受け取った

タイプ1を例に考えてみましょう。

1の場合。これは簡単ですね。親が教師だったり宗教家だったりすると、このパターンが多そうです。親から「あれはダメ」「これはダメ」「こうなりなさい」と厳しくしつけられた結果、自分もそういう家風に染まって完璧主義・高潔主義に目覚めていったパターン。

2の場合は、ちょっと難しいですがこう考えられるかもしれません。
自分が物を散らかした時に、親が何気なくため息をついたのを気にしてしまった。
あるいはたまたま虫の居所が悪かった親に「夜泣きはやめて!近所迷惑でしょ!」と怒られたのを本人なりに引きずっていた。

3の場合も、タイプ1なら多そうですね。
親(特に家長)がダメな人で、幼い子供なりに「こうはなりたくない」「もっと立派に家庭をやりくりしたい」「社会的に見てもっと恥ずかしくない人/家庭になりたい」と思ったケースが考えられます。

こんな感じに、同じく不道徳・欠陥を恐れるタイプ1でも、結構その出所は違います。

あかつき
あかつき

項目2の苦し紛れ感……。

ちなみに書籍では「無意識に」受けたメッセージとなってますね。無意識ってことは基本的に2を想定されてそうです。知らんけど

「だからどうした」という話ではありますが……要するに「受け取ったメッセージは必ずしもそのままの意味を含有しているとは限らない」ということですね。

特に子供は敏感です。何を受け取ってどう解釈したかは人によりますし、それらがどれだけ脳にこびりついているかも人によります。

ただ、少なくとも子供は何かを感じ取り、子供なりに何かを思います。それが根源的恐れや欲求に繋がるのかなと。

根源的欲求の向く先

さて、ではいろいろな角度から根源的恐れを感じ、そうならないよう欲求を子供が覚えたとして、その欲求はどこに向かっていくのでしょう?

答えは、こんなマニアックな記事をお読みの方なら一度は聞いたことがあるであろう単語、囚われですね。

「こうなりたい/なりたくない」という根源的欲求はその人の幼少期の主人格を作り出すに至り、願望が強くなるにつれて根源的欲求が屈折し、やがて囚われとして発現します。

各タイプの屈折/囚われは以下の通りですね。

タイプ根源的欲求の屈折囚われ
批判的完璧主義怒り
必要とされたいというニーズプライド
成功の追求欺き
自己放縦嫉妬
無用な専門家ためこみ
信じている考えに対する執着恐れ
必死の現実逃避貪欲
たえざる闘い欲望
頑固な怠慢怠惰
あかつき
あかつき

こうやって見ると、囚われって結構強引な解釈をしているような……。

まあ、言ってることはわかるんですけどねー……

全ては根源的恐れを回避しようと思ったがためです。囚われに関してはその最たる手段といったところですね。稀に当てはまらない人はいますが、まあ大体の人がかする程度なら抵触しているものなのかなと。

根源的恐れ・欲求と比べて若干重要度は落ちますが、それでも自分の本能レベルにまでこびりついている欲求を叶えるための最短距離など、よほどのイレギュラーでもない限り似たようなことを考えつく可能性は高いです。

そう考えると、囚われも「根源的欲求の向く先」としてはかなり重要な要素と言えます。

各タイプの根源的恐れ・欲求について

さて、一通り材料が揃ったところで、いよいよ本題。各タイプの根源的恐れおよび欲求について、色々とお話ししていきたいと思います。

ここからはほとんど独自見解に近いです。拾えるものだけ拾っていってください。

まずはおさらいに、先述の根源的恐れ/欲求の表を以下に載せておきましょう。ご活用ください。

タイプ根源的恐れ根源的欲求
自分が邪悪で欠陥があること高潔でありたい
自分が愛されるに値しないこと愛されたい
自分に価値がない、本来価値を持っていないこと価値ある存在でありたい
アイデンティティや個人としての存在意義がないこと自分自身でありたい
役に立たず、無力・無能であること有能でありたい
支えや導きを持たないこと安全でありたい
必要なものを奪われ、痛みから逃れられないこと幸福でありたい
他者に傷つけられ、コントロールされること自分自身を守りたい
繋がりの喪失、分裂平和でありたい
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タイプ1

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
間違えるのはよくない自分が邪悪で欠陥があること高潔でありたい批判的完璧主義

タイプ1という人格の形成は、まず「間違い=悪」という認識に端を発しているといっても間違いないでしょう。これは図を見る限りでも明らかと言えます。

この間違いというものは失敗することやテストで赤点を取ることもそうなのですが、どうやら人間的な部分もかなり強く含まれているようですね。

つまり、道徳的で、素晴らしい人であり、倫理的にも欠陥がない。これが、タイプ1の目指すパーフェクトな人柄になります。

この「模範的な人格者」というのが欲求の根幹。「高潔でありたい」という欲求が示す通り、能力的な部分はあくまで副次的なもの。タイプ1は手順ややり方にうるさいですが、それ以上に人格的な悪・欠陥を許さないタイプと見ても良さそうです。

タイプ2

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
自分のニーズがあってはよくない自分が愛されるに値しないこと愛されたい必要とされたいというニーズ

タイプ2の場合、比較的一貫性がある方なのかなと。

「わがまま言わないの!」から始まり、「わがままばかりの自分は愛されないんだ」と、親の愛情の有限さを知り、愛されるために必要とされる人間を目指していく、と。

当然、子供の夜泣きや自我もほとんど芽生えていない赤ちゃんのわがままに対し、したり顔で一喝する親というのもそうはいないでしょう。子供目線で「怒られたように感じた」というのが重要です。

幼い子供は好き勝手にわがままを言う生き物です。ですがそれを否定されてしまった。あるいは「わがままを言えば愛されない」という恐怖に直面してしまった。

ではどうするのか?自分のニーズを封印しての献身です。

「自分を捨てて奉仕するから見捨てないでね」。これがタイプ2の本音と言えるでしょう。

タイプ3

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
自分らしさやアイデンティティがあってはよくないアイデンティティや個人としての存在意義がないこと価値ある存在でありたい成功の追求

おおよそ王道パターンとして思いつくのは、限定付きの愛情でしょうか。

例えば家事のお手伝いをしたときだけ褒めてくれるとか、マイルドなものだとテストで満点を取った時に「よく頑張ったね」と褒められたのが印象に残っていたりとか……。

こういう保護者からの褒め言葉や愛情を屈折して受け取れば、以下のようなものになります。

「お手伝いをしない自分は誉めるに値しない」「テストで満点を取らない自分に価値はない」

もっとも、自我が完成する前にもう少し何かあったのでしょうが(ハイハイしたらめちゃくちゃ褒められた等)……どれにしても、「褒められることをしないと認めてもらえない」というのがタイプ3形成の契機となります。

タイプ4

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
うまく生きられたり幸せすぎるのはよくないアイデンティティや個人としての存在意義がないこと自分自身でありたい自己放縦

一見すると、つながりは意味不明ですね。この辺が遊離型の面倒なところ……。

「幸せに生きられない自分」というアイデンティティを構築し、それに従って生きるタイプ。もしかすると、「幸せに生きられないならせめて自分の好きなように生きたい」という願いがあるのかもしれません。

「自分らしくなければ、いよいよ自分には何もなくなってしまう」と。自分らしさを求める裏では、そんな思いが巡らされているのです。

結果、欠落しきった自分自身を受け入れ、場合によってはそれに固執してしまう。

エニアグラム実践編に曰く、「無意識のうちに否定的なアイデンティティを生み出してしまう」とのこと。例えば「自分には普通の仕事ができない」とか「私はケチャップなんて使わない。邪道だ」などなど……。

そんな気持ちが強まれば強まるほど、タイプ4は自分らしさと個性に固執し、ポジティブな自分の資質すら封印するようになってしまうのです。

タイプ5

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
世界の中で心地よくいるのはよくない無能、無力、役立たずであること有能でありたい無用な専門家

これまた難儀な性格をしていますね。世の中でリラックスして生きることを禁じられたために無能を恐れ、有能であることを求める、と。

おおよそ、家族間での不和や何かしら安心できない要素があったから、安全地帯を自分で探すために知識や得意分野を追求するのでしょう。

無能を避けたり有能でありたいと願うのも、「そうやって社会に認められたい」というよりは「生きていくだけの実力を実感したい」と考えてのものの方が大きいでしょう。

そのため、「ほっといてくれ」以上のニーズを大抵の場合は持ちません。とにかく放置して、自分が技能を磨いたり好きなことをする時間をくれればそれでいいというわけです。

世界をどこかで敵と認識し、そのために非常に慎重で腰が重い性格になっていくのでしょう。

無能の烙印という自分自身への絶望を避けるために得意分野に引きこもり、色々と思索するのです。

タイプ6

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
自分を信じるのはよくない支えや導きを持たないこと安全でありたい信じている考えに対する執着

信じた人や考えを軸に生きるタイプ。支えというより導きの方が個人的にはしっくりきますね。自分の先を照らす道しるべを欲しています。

「自分を信じちゃダメ」→「ならば自分以外に信じるべきものを見つける」→「見つけた『信じるべきもの』は絶対だ」。このコンボによって、タイプ6の信じるものへの忠節、ひどくなれば強烈な執着を持つようになります。

タイプ6を「忠誠を誓う人」「忠義の人」、公式でも「忠実な人」と呼んでいますが、それらは信じた考えや信条に忠実・絶対の忠誠を誓うからなのです。

あかつき
あかつき

なお絶対正しいわけじゃない可能性がある程度高くなると一気に不信に変わる模様

自分自身の軸となる考え方が揺らげば、誰だって不安になりますよね。タイプ6の場合、その軸を他者や外部から輸入していると言えるのです。

タイプ7

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
どんなことであれ人に頼るのはよくない必要なものを奪われ、痛みから逃れられないこと幸福でありたい必死の現実逃避

一見すると意味不明。ですが、これも裏ではしっかりとつながっています。

子供ながらに「人を頼ることはできない」と学んだタイプ7。彼らは「自分で自分を幸せにするしかない」と考え、その幸せを運んでくれそうな物や事柄への執着を強めていきます。

「幸福でありたい」という欲求も、「他人が幸せを運んでくれるわけではない」という一種の冷めた考え方によるところが大きいです。

そのためにものに執着し、それらを奪われること・痛みや不幸を味わうことから必死に逃げ、何としても自分の幸せを手に入れ、それにしがみつこうとするわけです。

自分の手で生きるしかないと悟ったからこそ、不幸を蹴り出し幸福だけを集めようとするわけですね。

タイプ7が楽しいことを好むのも、その「自分を幸せにできるのは自分だけだ」という思いからくる強欲さによるものなのです。

タイプ8

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
弱みがあったり人を信頼するのはよくない他者に傷つけられ、コントロールされること自分自身を守りたいたえざる闘争

弱みを見せられない。つけ込まれるから。

信頼してはならない。裏切られるから。

非常に強気で勝気、とにかくゴリゴリ突き進むタイプのタイプ8ですが、その裏では裏切りへの不安や弱みを握られることへの恐怖で揺れ動いています。

要するに虚勢ですね。人間、心の底から強気になれることはそう多くありません。

タイプ8の場合、特に傷つくこと、敗北して言いなりになることを恐れており、それらから自分の身を守ろうとしています。

人間、一番突かれたくない場所を突かれると意固地になりますよね? タイプ8にもまさにそういうところがあり、指摘されたくないから「弱くねーし」と言い張り、「怖くねーし」と主張します。

結果、待っているのは絶えざる闘争。自分の弱みを隠すかのように強気に戦い、周囲に強圧的な姿勢を見せることにより、タイプ8の周りでは反感を覚える人や敵が絶えず、戦いに身をやつすことになるのです。

タイプ9

親からのメッセージ恐れ欲求屈折
自己主張するのはよくない繋がりの喪失、分裂平和でありたい頑固な怠慢

遊離型は複雑ですね。タイプ9も、一見すると意味がわからないと思います。

自己主張することを禁じられたタイプ9は、とにかく自分の本音を包み隠します。ほとんどの場合表層意識から完全に駆逐するところまでやってのけるでしょう。

「繋がりの喪失・分裂を恐れる」。これは他者との繋がりだけでなく、自分自身の繋がり、スピリチュアル的な何か(書籍曰く宇宙)との繋がりも意味しています。分裂の文字が入っているのはこのためです。

そして、それらとの繋がりを保ちながらも平和でいたい。この気持ちが手間のかからない自己主張ゼロの人を生み出し、緩い平和な繋がりだけを維持することに繋がっていきます。

「自己主張しなければ誰とも喧嘩せずに済む」とは、タイプ9ならば一度は考えたことがあることなのではないでしょうか。

その姿勢が強固なまでの「何もしない」に繋がり、結果として自分自身を見失い本音との分裂を引き起こしていきます。

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まとめ

というわけで、今回は根源的恐れと欲求をもとに、各タイプをざっくりと考えてみました。

どのタイプも相応に何かしら抱えていますね。やはり現実世界で気楽に楽しく、何の闇もなく生きていくなど不可能なようです。

とはいえ、抱えたままでは一向に気持ちは楽になりません。これらは囚われを生み、やがて自分自身を歪め、苦しみを増大させていきます。

まずは自分が抱えているものが何なのかを知り、その上でどのように付き合っていくかを考えることが大事と言えるでしょう。

といったところで、今回はここまでですね。色々とエニアグラムについて語っていますので、よろしければ興味ある話題から漁っていただけると幸いです。

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筆者:春眠ねむむ
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