エニアグラムのタイプ6は、自分の寄る辺を大事にするタイプ。
信義・信念はもちろん、友人や愛人、果てはお金や名声など……「これこそ自分が身を捧げるべきものだ!」と強く思ったものに忠誠を誓い、泥船だろうと海底だろうと付き従うような、忠誠心や協調性あふれる人たちです。
このように自分の信じたものをとことん信じようとする反面、どこかに疑いの目線も持っているちょっと面倒な人たちでもあります。
また、彼らの多くはド安定志向で、1度出た答えや確定した信条を覆すのを嫌う保守的な面も持ち合わせていますね……。
服従と反抗の二律背反
タイプ6は「忠実な人」ともいわれており、人、モノ、概念、考え方など……大抵の場合、何かしらに対して絶対的なまでの忠誠心を持っています。
その忠実さたるや、たとえ火の中水の中、忠義のために不利益を被っても黙って信じるものを守ろうとするほど。タイプ6が「この人こそは」と崇拝している相手からの命令であれば、たとえ「死ね」でも従う人は少なくないのではないでしょうか。
タイプ6にとって自分が信じるものは聖域に近いものであり、決して侵されてはならないもの。それが人であれ何かの概念や信念であれ、タイプ6の「信仰」に少しでも否定的な者がいれば、彼らはタイプ6にとって「敵」として扱われることもあるでしょう。
一方で不安症なところもあり、タイプ6の頭の中は「本当にこれでいいのだろうか」「信じるものが実は害悪な可能性はないか?」と常に不安に駆られています。
例えば誰かに絶対的な忠誠を誓っているタイプ6はしばしば試し行為を行ったり疑ってみることもありますし、あるいはタイプ6が何かの人生哲学を信じているのなら、絶えず「自分はこういう人間だから」「この哲学に従ったらこうなるから」と口癖のように自分を哲学と合致させることで不安を払拭しようとします。
で、万一根底に抱いている疑念が決定的になったら……タイプ6はその疑念が嘘か誠かを問わず、これまで信じていたものを根本から否定し始めることも少なくありません。
彼らにとって「好き」の反対は紛れもなく「嫌い」。一度自分の信頼を裏切った相手は、たとえ冤罪だとしても一生許すことが無いかもしれません。
不安ゆえの信仰
タイプ6の脳内は、基本的に不安でいっぱいです。
「世界は魑魅魍魎にあふれ、レベル100の化け物だらけ。自分はいつになってもレベル1の弱い存在で、常に何かに守られなければ生きていけないんだ」
「尊敬してる人はいる。その人のためならどんなことでもするけど、万一捨てられたときのことを考えると怖くて仕方がない」
とまあ、多少極端な気はしますが……タイプ6の不安を端的に表すなら、おおよそこんなところでしょう。
例えば金持ちや味方の多い陣営・権威者を信じる人、あるいは友人のためにどこまでも力を尽くそうとする人、あるいは自分を「勇者タイプの人間だ」と信じて自信満々に振る舞う人。
タイプ6の人物像は表向き様々ですが、一様に言えるのは「根底に不安を抱えている」「自分の信じてきたものがある日突然無くなることを恐れている」ということ。
例えば強い者にばかり味方するタイプ6は「末端にいる以上、自分はいつか切り捨てられる」と薄々思ってますし、友人を何より大事に思っている人はその友人の裏切りを常に警戒しています。
自分の事を「勇者だ!」と主張しているタイプ6も、「実は人ですらなくスライムなのかもしれない」みたいな不安から勇者的な行いが過激になり、「勇者的な行動を人に見せつける」のが主目的になって無意味に敵を作ることもあります。
根底に強い不安があり、「自分は何もできない」と強く感じ、何かを信じるにしても、常に信じたものからの裏切りをついつい予知してしまう。
タイプ6の信仰心は非常に厚く、場合によっては十字軍や魔女裁判すら厭わないレベルまで暴走することがあります。ですが、それらの暴走の裏では、「過激な事をするくらい何かを信頼しなければ、裏切られる不安を見てしまう」という強迫観念があるのかもしれませんね。
自分の抱えた不安が見えないほどに強く信頼する。信頼を形にすることで、暗示をかけて自分を安心させる。
タイプ6は極度に不安に敏感なため、そうやって自分の思考をマヒさせることで何とか生きています。
何をしてでも拠り所を守る
タイプ6にとって最重要とも言えるのが、精神的な命綱や最後の砦。
タイプ6の人たちの自己評価は、総じてクソ雑魚ナメクジです。これは勇者タイプを自称しているタイプ6も、本音の部分は例外ではありません。
「自分がミスしても責任を取ってくれる人がいる」
「何もかも失敗しても、自分には帰る家がある」
「自分は強い。だから逆境も必ず乗り越えられる」
とまあ、信じるものによって様々ですが……通常タイプ6の中には、拠り所とも言える最後の砦が存在します。
一般的なタイプ6が協調性に優れるのも、「仲間たちと助け合って前に進める」という自信ゆえだったりしますが……裏を返せば「仲間がいなければ無力で何もできない」という思い込みも抱えています。
タイプ6にとって、「これがあるから自分は頑張れる」という自信の源は精神的な最後の砦でもあります。つまり、自信の源泉が絶たれてしまえば生きていけませんし、源泉は絶対的な安全地帯でなければなりません。
そのため、タイプ6は命をかけてでも自分の拠り所を守ろうとする傾向があります。
例えば自分が尊敬する相手に否定的な人を見つければその人を敵視しますし、友人を悪く言う奴はたとえ正論を言っていようとタイプ6にとっては敵かもしれません。
あるいは、自分の拠り所が「自分は優れた人間である」という確信(妄信?)だった場合、タイプ6自身の能力を認めない相手はすべて敵です。
このように、タイプ6は自分の聖域を絶対的なものだと信じようと躍起になる事があります。自分の中にある不安も相俟って、「信じたい」という思いが暴走することもあるかもしれません。
暴走したタイプ6は違う価値観を持つ人を「悪」「愚か」と決めつけてかかることも珍しくありませんし、場合によっては自分と価値観を共にしない相手を存在の根本から否定することもあるかもしれません。
タイプ6の囚われ「恐れ」
タイプ6は不安症でもありますが、同時に不安だらけでいろいろなことを怖がる傾向にもあります。
「突然トラブルで全部ダメになったらどうしよう」
「裏切り者が仲間内にいたらどうしよう」
などなど色々な不安が頭をよぎり、不安が恐れとなって、「そうだ!きっとあの悪い予感は正しいに違いない!」という誤った確信に至ってしまうことも少なくありません。
恐怖のあまり、タイプ6は拠り所を求める。でも最悪のケースを常に考えるので、拠り所が実は敵だったケースを思い浮かべて怯えてしまうことも少なくないのです。
まずはリラックス!
タイプ6が極端に自信が無かったり保守的な価値観に必要以上にしがみついてしまう理由は、ひとえに不安症な性格にあると言ってもいいかもしれません。
タイプ6の多くは、自分を「弱くて愚かな存在である」と過小評価すると同時に権威者や実力者の力を必要以上に高く見積もる傾向があります。
その結果、「素のままの自分だけではどんな小さなことも成し遂げられない」と無力感を強く覚え、「いつか自分は周囲に見捨てられる」「強い力を持った誰かに潰される」とあれこれ考えてしまい、その結果が他者や信じたものへの絶対的な服従(身を守るための恭順)だったり、あるいは自分をおびやかすかもしれない裏切り者への攻撃や否定だったりするわけです。
何が敵として立ちはだかり、何が自分の平穏をぶち壊すかわからない。だから自分と同じものを崇拝しない人を信用できませんし、自分の信念と違うことを言っている人を見下して攻撃する必要が出てきます。
要するに、もっとリラックスして、ネガティブなフィルターを掛けずに世の中を見る事!
タイプ6は、どうにも「世界全部が敵」「このままでは自分はなぶり殺しにされてしまう」という強迫観念を強く持っている傾向があります。これはタイプ5にもタイプ7にも、タイプ8にも言えてしまうことですが……その中でもタイプ6の殺伐具合は群を抜いています。
だからこそ、肩の力が抜ければ世界の見え方も本人の性格もがらりと変わることもあるでしょう。
何も反対意見を述べる人が全員敵なわけではありません。あるいは裏切り者全員があなたへの敵意を持ってノリノリで裏切ったとも限りません。
自分の力を過信して勇者になりきらないとやってられないほど、世間は敵しかいませんか?今この瞬間も、仲間だと思っている誰かから攻撃される予兆が出ていますか?
よくタイプ6は思考停止だとか愚かだとか言われていますが、私はそうは思いません。
むしろ全体の中では頭のいいタイプに属すると思います。むしろ頭がいいからこそ、本来ならば有り得ない可能性まで見て、愚か者になりきらなければやっていられないだけではありませんか?
タイプ6が精神的に健全になるには、「何をするにもついて回るしつこい不安や恐怖をどうにかする」ことが前提条件となります。
当然、不安を単にバッサリ切り捨てるだけでは意味がありません。元を探り、しっかり理解してから不安の根源を鎮めることが必須です。
正直、タイプ6が健全で幸せな精神を手に入れるのは時間がかかるでしょう。ですが、それに見合うだけのものはあると思いますよ。
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