自重しないエニアグラムタイプ1:自称正義の人生奉行

エニアグラム

タイプ1は、一言で表すなら完璧主義者です。欠陥を許さず、非道を許さず、無能を許さず……。

あらゆる面でダメなところに目を向けがちで、改善や改革が大好き……というより、そうしなければならないと常に考えています。

悪を憎んで正義を好む高潔な人柄で不正も不義も決して許さない、組織や周囲にとってのいい引き締め役です。ただし健全であるならば。

逆に不健全に陥ってしまった場合、その改善精神は独善的な鬼軍曹、下手をすると自ら以外の正義を頑として認めない厄介者になってしまう事もあるのです。

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どいつもこいつもダメな奴ばっか!

タイプ1は「改革する人」と言われており、その多くはまじめで高潔な人となり。ですが同時に堅物で融通が利かず、下手をすると偏狭な理想に囚われて自他を苦しめる人も少なくありません。

タイプ1は完璧主義……というより、何かしら無駄や欠点を見つけたら即座に何とかせずにはいられない人たちです。

例えば「挨拶をちゃんとしよう」とか「人には優しく謙虚に」といった道徳や、仕事の手順だとか厳守すべきルール、極端になれば新聞紙の折り方やお風呂で体を洗う順番などなど。本人たちが「間違っている!」と思えば、その改善精神は場面を選ばず発揮されることでしょう。

タイプ1には何かをする上で絶対に守るべきルールがあり、そのルールに照らし合わせてわずかでもズレがあればそれを正したくなる。健全であれ不健全であれ、タイプ1にはそのような傾向があります。

そして不健全になればなるだけ、守るべきルールも最低限確保すべき品質もどんどん引き上げられ、最後には何をどう頑張っても達成できないレベルのクオリティや高潔さを、さも当たり前のように求めてくることもあるかもしれません。

「世の中は不完全で、どいつもこいつもダメな奴ばっか! ならば至らないまでもまだマシな私が世の中のダメさを正す!」

極端な話、タイプ1にとっては自分もダメ人間、他人もダメ人間で原則ダメ人間しかいません。

だからせめて、ダメさ加減を少しでもわかっている自分が何とかしなければならない。だって他の奴らは自分たちのダメさ加減すらわかってないから。

そんな義務感や使命感を背負って、タイプ1は世の中の悪や不完全と戦い続けます。

自分だけが理想を語れるんだ!

タイプ1の欠点は、主にお節介視野狭窄

本質だけを言えば、大概はまぎれもない正義の味方、あるいはそこまでいかなくても高い理想を持ったプロ意識の塊です。

が、それが行き過ぎた場合には下手すると鼻つまみ者、厄介者と言える人物にまでなってしまうこともあります。

タイプ1にとって、「世の中はこうあるべきだ」という理想があります。この考え方は集団をより良いものにアップデートしていくのには向いていますが、当然行き過ぎると脱落者ばかりが増えてしまい、最後には周囲からも反発されるようになっていきます。

極端に考え方が偏ってしまったタイプ1は、独善的で押しつけがましい支配者になり果ててしまいます。

誰も望んでいない改革や目標を提示し、人々にそれ押し付け、自分が勝手に掲げた理想から少しでも逸れた人間がいようものなら嫌味やお説教で尊厳を潰し、強引に相手を更生させようとする……そんな姿を見かけることもあるかもしれません。

タイプ1は往々にして、「自分も他人もてんでダメダメだが、自分のほうがいくらかやり方や正しさを理解している」という考えに取りつかれがちです。

そりゃそうだ。なぜなら、本人たちが理想として掲げる正しいあり方、正しい目標とは、すなわち「自分1人が考えた理想や最高の姿」。当然理想も正義も人によってそれぞれ違いますが、タイプ1は少なからず「自分の理想こそみんなが追い求めているものだ/みんなが追求しなければならないものだ」と確信してしまうところがあります。

よく言えば強い理性を持った良き導き手、悪く言えば勝手な自分ルールを押し付けて「自分が指導してやる」と上から目線で突っかかる面倒な人ですね。

自分は正しい」という自負心が高い理想と高潔さをもたらすことも多いですが、反面彼らを独善的、傲慢で人の話を聞かない頑固な厄介者にしてしまうこともあるのです。

みんなが求める理想のために

さて、タイプ1がなぜここまで厳格に、時に傲慢とも言えるほどに自他に理想を押し付けるのか。

その絶対的なまでに理想を信奉する原因は、実は周囲にあることが多かったりします。

例えば友達や恋人なんかが

「仕事を変えたい」

「ダイエットしたい」

などと願望を語った場合、タイプ1の心には大抵火がつきます。

そして思うのです。「よーしわかった。なら、その理想を実現させてやる!」

こうして相手の理想成就のために走り出したタイプ1は、情報を調べ回ったり自分なりの知恵を絞り出したりして、転職やダイエットを成功させるための筋道を細かいところまで計画し、それ相手に提示するでしょう。

不健全度合いや完璧主義度合いによっては、言い出した本人の本気度を確かめることもなく大真面目に本気で練った計画を押し付けたり、場合によっては言われてもないのに「こうした方が絶対いい!」と理想を押し付けてしまいます。

あえて好意的な言い方を選ぶとすれば、愛の鞭というやつですね。

要するに、大真面目であれゆがんだ形のものであれ、根底にあるのは「相手のため」という気持ちなわけです。

当然余計なお節介や自分の好き嫌いをさも正義のように話すこともあるかもしれませんが……どれにしても「本人に悪気はない」というのは、覚えておいていいかもしれませんね。

タイプ1の囚われ「怒り」

タイプ1の囚われは「怒り」とされています。

怒りと言えば、「貴様ー!」とか「ふざけんな!」とか喚いてる姿が浮かんできますよね。

ですが、タイプ1の怒りの感情はそんなわかりやすいものではありません。

「あれをやっちゃダメと何度言えばわかるのか」

「ああ、またあいつが仕上げの作業をさぼってる……」

「昨今の若者は……」

と、タイプ1の怒りはこんな感じの愚痴から始まり、内側にどんどん蓄積されていきます。

完璧主義のタイプ1にとって怒りとはみっともない感情であり、自分の中にそんな感情があるとは考えたくもない悪夢なのです。

余裕を持てば大化けする

タイプ1は、基本的に余裕がありません。

「あれもこれも」と肩ひじを張って、何でも自分の手でよくしていこうと考えてしまうことで、膨大な仕事を自分で抱えがち。

しかも「やれるのは自分しかいないんだ」と強く自負することで他人に頼れず、また他人のことを知らずのうちに下に見てしまいがちです。

その結果、一人だけがやたらと重責や大量のタスクを抱えてしまい、「誰も理想も正義もわかっていない」とふてくされ、疲れ果てて逆に放縦的になってしまうこともあるかもしれません。

「自分だけが頑張ってきたんだから」「ふがいない他の奴らが悪いんだ」と自分で決めたルールを自分だけが破ってしまい、結果として周囲から冷ややかな目で見られる人も、中にはいる事でしょう。

タイプ1の寝る間も惜しんで理想を追う姿は素晴らしくはありますが、他人を大いに巻き込んで潰れてしまったのでは意味がありません。

何事に対しても「かくあるべし」と罪悪を裁くのではなく、理想とか関係なしに「自分がどうしたいか」もしっかりと認識しておきましょう。

タイプ1は往々にして、無駄や遊び、自分の正直な感情というものを嫌いがちです。そうでなくとも、距離を置いておきたいと考えることでしょう。

それこそ自分自身が完璧な人間であろうとするあまり、「他人が思い通りに動いてくれずイライラしている」という自分の本音にすら目を向けていないこともあります。

余裕を持ち、自分の心のダークサイドにもしっかりと目を向け、「ほどほど」と「理想とは違う自分の感情」を認める余裕を持つことがもっとも重要な課題と言えます。

余裕と遊び、自身の黒い部分を知ったタイプ1は、本当の意味で高潔な人格者として覚醒するはずです。

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