【エニアグラム】タイプ別無能の生き方を考えてみる

エニアグラム
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時代は実務能力主義。正直なところを言うと、実務能力的に無能な人は、他にどんな能力を持っていても非常に肩身の狭い思いをすることが多いです。

と言うのも、時代が求めているのはわかりやすい結果。この”わかりやすい”というのがクセモノで、形容し難いようなものはどれほど優れていても結果としてみなされないことが多いです。

というわけで、今回は無能、もとい実務能力に乏しい人たちがどう生きていけばいいかを、エニアグラム別にちょっと考えてみたいと思います。

そもそも無能の定義

無能とは能力のない人のこと……と言っても定義は人によってそれぞれ、山ほどの数あると思います。

というわけで、まずは無能の定義をここではっきりさせたいと思います。

今回取り扱う無能の定義は、主に以下の2つ。

1.自分の無能を(認識の正誤はともかく)自覚してしまっている人
2.私目線で生きづらそうに感じる人たち

とまあこんな感じでしょうか。

正直1に関しては「本当に無能な人は無能を自覚できない」と言いたいところではありますが……当人たちが生きづらそうにしているので無能にカウントしておきましょう。

2に関しては、基本的にタイプの特性を活かせない人や囚われのレベルが高い(健全度が低い)人たちといった感じでしょうか。

とにかく色々言いたいことや異議はあるでしょうが、ここでは「そういうもの」として進めさせていただきます。

タイプ1

まずはタイプ1から。ぶっちゃけ彼らはスピードが求められる現代社会においては無能でもそこまで問題ではありません。なぜならそこに彼らの長所はないからです。

基本的に彼らの長所は仕組みづくりと完璧主義ゆえの丁寧さ。決して速さでもなければ即時対応でもありません。

念入りに念入りにとあらゆる角度から物事を検証し、可能な限り死角をなくしてから自分の意見なりシステムなりを世に出していきます。

そのため、多少無能でもその辺の人より精度の高いシステムやものを作り上げることができるはずです。

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より時間をかけてゆっくりと

無能なタイプ1が生きるために必要なものは、膨大な時間です。

有り体に言えば、どんな無能でもゆっくりじっくり根気よく時間をかければそこそこ以上の成果は上がります。

特にタイプ1は成果の量や数値よりも、そのクオリティに強みがあります。この部分に関して言えば天才や秀才よりも凡人以下の人の方がこだわりやすいぶん良いものを生み出しやすいまであるかもしれません。

そう考えると、無能なタイプ1はゆっくりじっくり時間をかけてひとつのものを作るような仕事についた方が、結果として認められやすいかもしれません。

そもそもこだわりが強く根気強いタイプではあります。どれだけ無能であっても、時間さえあれば結構なクオリチのものを作り上げるのではないでしょうか?

例えばシステムだったり、作品だったり、マニュアルだったり……。いろいろなところで、無能とは言えタイプ1が輝く場面はあるはずです。

視野狭窄なタイプ1の生き方

さて、そんなタイプ1の中でも視野が狭いタイプの人たちが、個人的には一番生きづらいのかなと考えています。

そんな彼らには、全く違う視点の世界を一度見てみることをお勧めしたいところ。

「こんなもの間違っている!」と、おそらくそんな気持ちを抱いてしまうでしょう。ですが、そこはグッと堪えて、なぜそうするのか、どうしてそんな世界観の中で生きるのかを色々聞いてみましょう。

あかつき
あかつき

要するに「社会見学しろ」と言いたいわけですね。

……それアドバイスとしてどうなん?

まずは広い世界を知らないことには、何事も始まりません。

自分の正しさが絶対だと思っているうちは、どうしても物事上手くいきません。

肩の力を抜いていろんな世界を見て、「もっとテキトーでもいいのか」「いろんな世界があるのか」と知ることで、健全化への道も辿れます。

……まあ、それが難しいところなのですが。

タイプ2

タイプ2もまた、無能かどうかは比較的影響しないタイプと言えるかもしれません。

というのも、この人たちが主に評価されるべきは、基本的にその人柄。能力よりもそっち方面に長所が偏っています。

とにかく人助けや善行が好きなタイプで、よく人を助けて他人の世話を焼いています。

となれば「性格の悪いタイプ2はどうなるんだ」という話にもつながってきますが、それは後述。

無能であればお節介に注意が必要か

特に無能なタイプ2が注意すべきポイントは、お節介焼きな点でしょうか。

というか、自分の無能を自覚した時こそお節介に気づくチャンスと言えるかもしれません。

簡単に言えば、余計なお世話を焼いてしまう可能性があるというわけです。無能感を紛らわすため、あるいは「無能な自分は誰にも振り向いてもらえない」という焦りのためというパターンが多そうですね。

人助けの際には、一度深呼吸して、本当に助けが必要かどうか、そして自分の力が多少でもプラスになるかどうかをしっかり見極めてからの方が良さそうです。

余計なお世話を焼いたり足手まといになってしまっては、かえって相手からの評価を下げる結果につながります。それはタイプ2にとって決して好ましくない事態のはず。

まずは焦る気持ちを抑え、人を助ける時は本当に困ってそうな時、そして何より自分の力でどうにかできそうな時のみにする。

見ていられない気持ちもわかりますが、まずは人助けの基本に忠実に動きましょう。

性格悪いタイプ2の生き方

と言っても、タイプ2ならばどこかしら「自分は性格悪い」と思っている節はありますが……とはいえ、そんなことを言っていては始まりません。

とりあえず性格が悪いタイプ2はその理由として、以下のものがあげられると思います。

・強引で他人の関心を引こうとする
・結構バイオレンス
・他人をコントロールしようとしている

これらの要因をどうにかするには、やはり必要なものと言えば一種の謙虚さというか、他人の自主性に任せることでしょう。

縛れば人は逃げ出します。逆に縛らなければ、かえって大事な人ほど残ってくれるというものです。

「足るを知る」というやつですね。ひとまずでいいので、大事な人で満足する。これがまた大事なことです。

あかつき
あかつき

愛情に飢えてる人とか多そうですね、根源的恐れを見ても。

「愛されるに値しないことを恐れる」って、いったい何見たらそう思えるんですか?

にしてもこのタイプの束縛はひどい

とりあえず自由にさせて去る人間は、結局いつかは自分の手元から去る人です。「去る者追わず」を覚えれば、少しは生きやすくなるはずです。いろんな意味で。

タイプ3

タイプ3は……まあ、無能を自覚すると苦しそうですね。

有能でなければ優れた結果を残せません。優れた結果を残さなければ、昨今の世の中では認められることも難しいでしょう。

それができないとなれば、タイプ3に残された道は不健全か退行(分裂)か……。

いずれにせよ、まともに機能することが難しいと言えるでしょう。

ダメ人間ほど得意を武器に

これは個人的な意見というか価値観なのですが……実際に全方位において無能な人はこの世に存在しないと思うのです。

というのも、そんな無能が出現するほど、みんな自分の特性や長所をフルに活かせていません。

となれば、自身が入り込む隙は当然あります。

無能を感じた時こそ、自分の内面をしっかりと把握する時。自分の長短をしっかりと見極め、それらを自分がより輝くための材料にするのです。

事は簡単ではありません。自身の長所が思ったよりショボいと感じることも地味と感じることもあるでしょう。パッと輝く派手な長所を欲しがる気持ちもわかります。

ですが、そこは等身大の自分を受け入れるしかないです。その上で、自分なりに輝く道を探すのです。

難しいですが、それができるようになればきっと今よりはイージーモードになるはずです。

関連記事として載せときます

他人の手柄を横取りしたくなったら……

無能なタイプ3が特にパッと思いついてしまう悪魔のささやき。そのひとつが、他人の手柄の横取りだと思います。

これにどう対抗すべきかというと、もう手段はひとつしかありません。

「自分には自分の道と長所がある」と言い聞かせ、実際にその長所を活かして生きる。これをもって手柄の横取りという手段を未然に防ぎます。

あかつき
あかつき

あ、今「簡単に言いやがって」とか思いましたね?

私も同感です

まあ、難しいのは分かります。ですが、手柄の横取りはダメです。バレると最悪な未来が待っています

何としてもそれを避けるため、今は「自分にもきっと輝く長所がある」と思っておきましょう。その後で、それを本当のことにすればいいのです。

結局一番大事なのは、今この瞬間を即席の結果で輝くことではありません。最後の最後で輝くことです。

そのことを忘れないようにしましょう。

実際、長所を本当に探し当てられれば実際に輝けます。それを信じて、今は甘んじて耐え忍びましょう。

タイプ4

タイプ4は、有能無能にかかわらず大体の人が生きづらそうですね。そして、それを自分の人生を輝かせる糧にしているような気すらしてきます。

実際そうなのでしょう。

とはいえ、無能は人一倍生きづらいのもまた事実。主に物理的な面で生きづらさを感じる人は多いはず。お金とか物資とか。

かといって現実を見るのは嫌……。そんな人たちがどう生きればいいのか、ちょっと考えてみましょう。

現実を見る=無個性な無能に成り下がるではない

タイプ4が頑なに現実を見ない理由のひとつに、自己無能感があります。タイプ3、タイプ5と隣接しているためか、ある意味能力に固執しているところがあるわけですね。

そのため、現実を見る=自分は何もできない愚か者に成り下がると考えているところがどこかにあります。

ですが、これは正確な情報ではありません。

実際、タイプ4には個性という幻想に縋らなくても生きていけるだけの力が備わっています。そして、その力を頼りに生きたところで、大事な個性が消え失せるわけではありません。

決して現実で生きることと個性を発揮することはワンオフではないということですね。

そして、これを意識することは健全になることとも大いに関係があります。

まあ不健全な方がダイナミックに人生を味わえそうな気が若干してくる気もしますが……それでは疲れ果ててしまうでしょう。より良い人生を歩むためにも、現実的なところから手をつけていってみませんか?

個性がない人間はいない

個性すら見つからないとなると、タイプ4は発狂する思いを味わうことになるでしょう。「自分はどうやって人に認められて生きればいいのだ」「何を寄る辺に生きればいいのだ」といった具合に。

ですが、そこはご安心ください。個性のない人間などこの世に存在しません。

つまり無個性に見えるタイプ4にも、その人なりの個性が何かしら眠っているということです。

まずは落ち着き、自分の中を嫌になるくらい探し歩き、個性を見つけていくことです。そうすることで自分の人生も少しは意味を持つでしょう。

発狂の先に待つものは不健全です。ですが、個性を見出すことでそれが少しは抑えられることもあるでしょう。

別に特別扱いされなければ個性を発揮できないわけでもなし、個性を強烈にアピールしなければ認められないわけでもなし。もっと言えば、そこまでしなければ生きていけないわけでもありません。

タイプ5

タイプ5は無能率高そうですね。主に「自分は無能だ」と思い込んでいる人という意味で。

そして、おそらくもっとも無能であることを苦とする人たちでもあります。

自分の無能を酷く自覚した先に待つ苦しみは、想像を絶するでしょう。というのも、根源的恐れが無能であること。つまり、魂レベルで無能を恐れているからです。

ですが、それでも前にでなければならない時はいつか訪れます。どうすればいいのでしょうか?

とりあえず自分の知識をどこかで披露してみる

とりあえずやってみる。これがタイプ5の鬼門であり、欠落した部分であり、そしてやれば案外できる部分です。

タイプ5の多くは、基本的に調べ物や何かの技術を磨くことを生きる糧としています。その膨大な知識や洗練された技術は、多くの人の度肝を抜くものであってもおかしくないはずです。

というか、どんな無能であれ本当にタイプ5であれば、他者より多くを調べ、多くを学ぼうとするはずです。

その知識を出し惜しむのでは、さすがにもったいない。他者の無知蒙昧を笑うだけでは、その鬱屈とした気持ちが晴れることはないでしょう。

「見てられないから力添えする」でも「知識を自ら授けてやる」でも何でもいいです。とりあえず知識を披露してみてください。多分大半の人がびっくりするので。

まず自分の中に本当の意味での自信を培うことが、無能脱却の第一歩と言えます。

撃たないミサイルより下手な鉄砲

本当に時間を空費するだけのタイプ5も、中にはいるかもしれません。もっとも、それ自体が思い込みなわけですが。

とはいえ、一度思ってしまったことはそう簡単には剥がれません。ここでは、究極完全無能なグレートモスがいることを前提でお話ししましょう。

そんなどうしようもない人でもやれることがあります。それが、「動けるときは動いてみる」ということ。

結局無能が打てる手なんて限られています。数撃ちゃ当たるです。

自分の得意なこと、得意そうなことを片っ端からやってみてください。深く考える必要はありません。とにかく思いつく限り全部です

そうすれば、そのうち当たりを引きます。要するにしっくりきます。それを継続してやってみるだけです。

あかつき
あかつき

それが難しいんですよね。わかります

まあなかなか難しい話ですが、やってみないことには始まりません。やれる余裕があるうちに、是非。

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タイプ6

これもまた自覚という意味で無能率は多そうですが、タイプ5ほど深刻かと言われるとそうでもない。

ですが、無能なぶん寄る辺を求める傾向が強まりそうです。

もともとピンポン球みたいに右往左往するのも何かを依代にしないと不安で生きていけないのも、自己無能感に端を発しているところが大きいと言えます。

それだけに無能率で言えばダントツトップかもしれませんね。

魔法の言葉「自分は頼りになる」

タイプ6に何が欠落しているか。ズバリ自信です。これは無能なタイプ6にも同じことが言えます。

つまり、自信を持てれば大体の問題は解決します。

あかつき
あかつき

ゆーてそれが難しいんですけどね

そう、決して簡単なことではありません。なぜなら、不安あってのタイプ6。自信がないからこそのタイプ6なのですから。

あかつき
あかつき

何言ってんだこいつ

どうすれば自信を取り戻せるかというと、もはや正攻法しかありません。成功体験です。

「今日も出社/登校できた」「寝る前に歯を磨けた」みたいなクソほどしょーもないことでも自分を褒め称えてみてください。

最初は馬鹿馬鹿しくてアホくさくてどうしようもない気持ちになりますが、慣れると次第に自信に変わっていきます。

そうやって小さなことから自信をつけていくことで、次第に大きな自信へと変わっていくわけです。

塵も積もれば山となるというやつですね。

大きな自信がついたタイプ6は、大きな支えを必要としません。自己無能感もそのうちどこかに吹き飛んでいることでしょう。

どうしても無能なタイプ6の生き方

タイプ5と同じで、一定数いるんですよね、自分のことを無能の究極完全体だと思う人。そんな人がどう生きていけばいいのかを、ここでは考えてみましょう。

といっても、タイプ5と同じですね。数撃ちゃ当たる。

思いつく限り自分にやれそうなことをやってみることで、得意を導き出します。得意がなさそうならとりあえず目についたことをやってみる。

一方でタイプ5と違うのは、「ポジティブなフィードバックが必要である」ということです。

タイプ5もかなりの繊細さんですが、タイプ6の場合は繊細な上に心が折れて余計にやる気がなくなるリスクがタイプ5よりも高いです。

あかつき
あかつき

まあタイプ5にもこれ言えるんですけどね。そーゆーことはしっかり記載しとけよ筆者ァ!

となれば、やる気の継続が何より重要なポイントになります。そのためのポジティブですね。

どうしてもネガティブになりがちなタイプ6なので、無理やりにでもいい面を引き出そうという感じですね。

スピリチュアルバイパスと違って、ポジティブな気持ちでなくポジティブな事柄を扱うのが肝要です。これを忘れると、最初は良くてもそのうちガタがきます。

大事なのは、事柄です。「ここがうまくいった」「あれが楽しかった」というのが大事であり、間違っても無理して「全部楽しかった」「自分にとって全部プラスの経験だ」みたいに思わないのが大事というわけです。

扱いを間違えなければ、ポジティブなフィードバックはしっかりとした自信につながるはずですよ。

タイプ7

タイプ7は自分の特性を活かせない人や生きづらさを感じている人はともかく、自己無能感に苛まれているタイプの無能は少なそうですね。その辺の切り分けはうまい人が多いです。

というわけで、ここでは自分の特性や強みを間違えている人、環境とのミスマッチで無能扱いされて悩んでいる人にフォーカスしていこうと思います。

あかつき
あかつき

概要短っ!

何ですか、言うことなくて頭悩ませてるんですか?

フットワークの軽さを活かす

タイプ7はその性格の明るさを問わず、基本的にフッ軽率が高いです。要するに転職に踏み切るまでが早いといった感じですね。

この能力は、本当に嫌なことを避ける時には非常に役立ちます。

例えば職場が耐えられないほど自分に不向きだった時、あるいは自分を取り巻く環境がストレスで禿げそうになるくらいよろしくなかった時などがそれですね。

つまり、自分が無能だと嫌になるくらい話からされる職場や実際に無能扱いされる職場なんかに出会した時は、多くの場合逃げの手を打つべきということです。

逃げの一手と言えば何ともダサい気もしますが、三十六計逃げるに如かずとも言います。結局状況がよろしくない時は、それが許される場合であれば逃げて仕切り直すのに勝る手はないのです。

タイプ7はそのフットワークの軽さが強みの人が多いです。それらを活かして柔軟に立ち回り、上手いこと無能になる状況を避けながら、絶妙な立ち回りを見せましょう。

とはいえ逃げてばかりいても……

フットワークが軽く、うまく無能扱いされる場所を避けて通れるのがタイプ7の強みのひとつ。ですが、時にそのフットワークの軽さがかえって自分を無能に追いやる瞬間もあります。

タイプ7はもともと粘り腰がなく、良くも悪くも一箇所にとどまることを苦手としています。

このフッ軽の悪い面が出てしまうと、どこに行っても些細な理由で逃げの手を打つ人となってしまい、経歴の割に能力のない人物に成り果ててしまう可能性があります。

自分が打った逃げの手が、後々周囲から無能扱いされて辛い日々を過ごす要因になるかもしれません。

そのため、時には自分の理想の世界や目先の幸福よりも、もっと現実的かつ長期的な目線で物事を見る必要があります。

あかつき
あかつき

その素養はあるんですけどねぇ……。どうにも、精神的に難しいらしい

現実的な視点をしっかり持つ。そして楽しい、面白いと思ったものはつらくてもやり通す。正直、辛いことや暗い未来から逃げたいタイプ7にとってはかなり難しいことでしょう。

ですが、それができた暁には、きっと不健全脱却、ついでに無能脱却もできるはずです。

タイプ8

無能率が低いのはいいですが、そのぶん自分の無能を自覚してしまう瞬間に出くわすと一気に崩れかねないタイプのひとつですね。

特に自分の力でゴリ押しができなかった時、他のやり方を考えるにせよしょげて退行するにせよ無能感を覚えてしまいやすいかもしれませんね。

あるいはタイプ8である自分を抑圧してしまった人とかも多分相応に生きづらさを抱えており、今回定義した無能に抵触する人もそれなりにいるはずです。

独特の覇気を感じさせる彼らですが、その覇気が通用しなかったりそもそもへし折られたりしていては、そのリーダーシップも馬力も使い物にならないと言えるでしょう。

剛より柔を知る

押してダメなら引いてみろ、というやつですね。覇気と勇気で突き進むのを強みとしているタイプ8ですが、味方と同時に敵も作りやすい性質を持っています。

その結果として仲間内から裏切りが出たり、面倒な勢力を刺激してしまったりといった問題を発生させてしまうことがしばしばあります。

あかつき
あかつき

最大効率を維持したままの正面突破のための策を講じるか(8w7)、それとも敵の急所をぶっ刺すためにあえて隙を見せるか(8w9)……。

どっちにしろ相手を倒すことしか考えてない脳筋ってわけですね

これらの問題にどう対処すればいいのかというと、やはり有効なのは適当なところで退いてやることでしょうか。

殲滅は抵抗勢力をその場では減らしますが、同時に水面下での不信や敵対勢力を作ってしまうという側面があります。要するに万能ではないというわけですね。

というわけで、癪に障る話とは思いますが、一歩引いてみて周囲に柔和な対応を心がけることもまた大事。硬軟織り交ぜることで周囲はより心から屈服しやすくなり、戦略の幅が広がるはずです。

難しいとは思いますが、まずは相手を詰めようと思った時に本当に詰める必要があるのかから考え直すようにしてみましょう。

何より自信が一番

「引いてみろ」といったところで、自信がないままやってしまってはただの退行と変わりありません。

やはり何より、タイプ8が余裕を手に入れるために必要なのは自信です。自信がなくなればなくなるだけ「強気に攻めねば」という思いが強まり、攻撃的で刺々しくなってしまいます。

自分のためにも周囲のためにも、タイプ8の自信というものは不可欠な存在というわけですね。自分に本当の意味で自信を持つことから、健全化が始まっていきます。

では自信をどうつけていくのかというと……タイプ6の項目でも話した、「小さな成功体験の積み重ね」ですね。

服を着替えてパジャマを着て寝れた、風呂を倒した、飲み会の後酔っ払った状態でも家に帰れた……本当にしょーもないことでいいです。

しょーもないことで自分を褒めるのは最初はばかばかしく思えてきますが、慣れてくると不思議と自信につながります。言霊というやつですね。

この言霊をいい方に作用させるために、まずは自分で自分を褒めるというバカバカしい儀式から始めてみませんか?

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タイプ9

ぱっと見は無能率が高そうに思えるタイプ9ですが、私の定義でも他の大半の定義でも案外そうでもないタイプ。

とはいえ、自分の意見を言えずにヤキモキしているタイプだったり、そもそも考えることを放棄していたり……と、そういったタイプの無能ならば存在しています。

もともとタイプ9は自分の意思をなかなか言えないあるいは自覚できないだけで、自分の中にしっかりと持ってはいます。

ただ、素の自分や意見を出すことでの周囲との摩擦を恐れるために、自覚ある無しにかかわらず自分の言葉を引っ込めて、それが無能化を進めている要因の一つになると言えるでしょう。

自分の意見は時間をかけてでも言うこと

今回取り上げる無能というより世間一般における無能の話に移りますが……自分の意見を持たない人は、結構な確率で無能呼ばわりされてしまいます。その人の仕事ぶりや能力がどうであれ、です。

何より、自分が苦しい思いをすることが多いのが、意見を言わないことの難点の一つと言えるでしょう。

これを克服する方法はただ一つ。自分の意見をしっかりと表明するほかありません。

ただ、いきなり言われても「できたら苦労しない」で終わるでしょう。

そこはもう、仕方ありません。納得できるまでしっかりとご自身の中で考え、他ならぬタイプ9自身の言葉で意見表明ができるようになってください。

そのためには、おそらく膨大な時間がかかることでしょう。何せ本音を探すところから始まり、それを極力角が立たないように言うにはどうすればいいのかまで考えなければならないわけですから。

ぶっちゃけ、しょうがないです。膨大な時間をかけてやりましょう。そこまでやる価値のある取り組みです。

自分の価値観や人柄、外殻をしっかりと理解したタイプ9はひとつの意味では無敵の存在です。目指してみませんか?

時間をかけられる環境探しが先決か

とはいえ、時間をかけることができる環境がなければ、タイプ9自身が自分の本音を理解することは至難の業と言えるでしょう。

したがって、まずはその環境づくりがいちばんの課題となるかもしれませんね。

膨大な時間を費やすのです。それを待ってくれる人たちに囲まれた方が、やりやすいというもの。

料理の注文一つに対しても、割と延々と考えてしまうのが本音探しを始めたタイプ9のよくある姿。これにイライラしている人に囲まれていては、到底本音を引き出すのは不可能です。

その特性を理解し、変に悪意的に解釈せず、しっかりと待ってくれる人と一緒にいましょう。また、そう言う場所で仕事をしましょう。

そうすることが、結果的にタイプ9の成長につながるところは大きいはずです。

あかつき
あかつき

ようは「自分ならどうするか」「自分はどうしたいのか」をきっちり聞き出すまで辛抱強く待ってくれる人とつるめって言いたいわけですね

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まとめ

というわけで、今回はエニアグラムタイプ別の、無能の生き方についての考察でした。

正直、今回に関して言えば、無能の定義を定めたばかりにちょっと「ん?」となる部分が多かったかもしれませんね。

とはいえ、「自分は無能」と思ってる人がこう言う場所にたどり着くのであって、となれば「自分は無能」と思ってる人たちにフォーカスするのはある意味当然と言えば当然かもしれません。……言い訳くさくなったか?

ともあれ、今回は無能の中でも自分の特性を活かせない人や自分の無能さを嘆きたくなる人がどうすれば生きていけるのかについて、私なりに色々考えてみたつもりです。

というわけで今回はここまで。

他にもいろいろな記事をアップしているので、よければいろいろと覗いてやってください!

筆者:春眠ねむむ
X :@nemukedesiniso
threads:@shunmin.nemui

 

 

参考書籍

 

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