今回は、タイプ1と付き合う上での留意点を考えていきたいと思います。
正直に言うと気難しいと思われがちなタイプで(実際ナチュラルに気難しい)敬遠されがちなようですが、それでも付き合わなければならない時には付き合うしかありません。
そもそも隠れタイプ1とも言うべき「表面上あんまりタイプ1してなさそうでタイプ1」みたいな人もおり、もしかすると好感を持っているあの人もタイプ1なのかも……?
というわけで、避けたくても避けられないタイプ1と付き合う上で注意すべき点を挙げていきましょう。
超自我を不必要に否定しない
これはもう絶対条件ですね。
超自我……すなわち「これは正しくてこれはダメ」という物差しです。
当人たちは、基本的に良い/ダメの絶対的ともいえる基準を持っています。人間である以上この基準もある程度揺れ動くものですが……それでも、当人たちの中では不動不変の絶対神です。
一部書籍などでは、「内なる裁判官」などと揶揄(?)されてますね。要するに自分の基準=憲法みたいな人たちということです。
さて、実際に憲法の逆鱗に触れてしまえばどうなるでしょうか?逮捕、あるいは社会から駆逐されてしまいますね。
理不尽に思えますが、タイプ1の超自我という憲法もこれと同じです。逆鱗に触れればどうなるかわかりません。おおよそ、大怪我しかねません。
絶対神を倒すことの危険性
タイプ1の超自我とは絶対的なものです。他人目線でどれだけ欠陥があろうとも、絶対的なものであることは変わりません。
それを否定されるとどうなるか?
試しにキリスト教会の中に入って、熱心な信者たちに向って「神なんているわけねーだろ、キモいんだよバーカ」と叫んでみてください。その結果と同じことが起こります。
もっとわかりやすく言いましょう。絶対神を否定する者は神敵。神の敵、つまり絶対的な敵対者です。
タイプ1は酔狂なまでの”善”信者です。
その善を根本から否定すれば、よほど善良な者は説得を試み、多くの者はよくて金輪際視界から除外、悪いと攻撃したり自分の信者をけしかけて潰しにかかり、最悪の場合は退行の末刺される可能性すら出てきます。
信者の前で神を倒すことは、それほどまでに危険な行いです。友好的な関係を築きたかったら、まずは超自我を必要以上に刺激しないように試みてください。

否定を受容するには、最低でもレベル4くらいは必要なんじゃないですかね。
大抵の場合はどれだけ論理的に筋が通って正しいことを言っていても、自分なりの正しさを否定する時点で敵です。
そして本能センターのキーワードとタイプ1の囚われは「怒り」。その先は察してください
怒りとの付き合い方は重要課題
タイプ1は基本的に不出来なポイントを見つけてはイライラしてを繰り返しています。このイライラゲージをうまく管理するのも、付き合う上での重要課題と言えるでしょう。
タイプ1は超自我の描く理想と現実を照らし合わせて、そのたびに現実の不出来に「なんだかなぁ」という複雑な思いを抱いています。
この「なんだかなぁ」が、結果としてイライラや怒りにつながっていくわけですね。
イライラゲージの上昇は微量かもしれません。ですが、チリも積もれば何とやら。質はともかく圧倒的な物量で、タイプ1はイライラ状態に向かっていきます。
放っておけばすぐにイライラ状態に移行するでしょう。
そのため、ストレスの管理は必須というわけですね。
イライラがわかりやすく出るわけではない
タイプ1は何かにイライラしていても、それがすぐに出ることは稀でしょう。基本的には「なんだかなぁ」とモヤモヤしながら、ひっそりと眉をひそめます。
このイライラが爆発すると、押さえていた感情が大爆発……みたいな感じであればわかりやすいのですが、タイプ1でこういう人は結構レアなんですよね。
基本的にはキャパオーバーした怒りは皮肉や嫌味、注意喚起、警告といった形で出てきます。
例えば誰から何を受け取ってもしれっとしている人に対して、「人に感謝を伝えないと、そのうち孤立するぞ」みたいな感じでしょうか。
タイプ1には、意外なほどわかりやすい激情家は少ないのです。
ですが、近しい人であればあるほど、直すまで粘着してくる可能性があります。ちょっとめんどくさい奴かもしれませんが、本人たち的には善意のつもりだったりします。
怒りを抑える方法
さて、では怒りを抑える方法について考えてみましょう。
怒りを抑えるには、「改める」。これが手っ取り早いです。
タイプ1にとって、自分が考える正しさは逆らってはならない絶対神。逆らい、論破までしてしまえば、最終的にどうなるかわかりません。
深く関わるなら絶対神をどうにかする必要が出てきますが、深く関わらないのであれば適当に合わせてやることも大事ですよ。

深く関わる上でも、まずは「はいはい」と合わせてやる必要はあるかもですね。
それで「意外といい奴」という評価は得られるはずです。単純ですね
本能センターらしく、意外と考えていることは単純です。「自分の憲法に従う=善、逆らう=悪」。
なのでまずは、「絶対の善に従ってくれる善人」という立ち位置を獲得していくことも大事な戦略と言えますね。異議申し立てはそのあと、やんわりとです。
悪事は厳禁
タイプ1の多くは、道徳的で善良なありさまをよしとしています。要するに儒教が大好きな人が多いわけですね。
そのため、懐に入ろうとするor無難な関係を築くためには、あくどい部分を見せないことが重要になります。
物を盗むみたいな犯罪行為はもちろんのこと、「車が来ていないから」と赤信号を渡る、人の失敗を笑う、場合によっては人をいじるなど、世間一般に不道徳とされることは避けた方が吉でしょう。
タイプ1と仲良くするに至っては、道徳の教科書を見直すとか、儒教について軽く学んでみることもいいかもしれません。
大抵「世間の一般常識として良いとされるもの」が善に組み込まれているはずなので、いい人でいるように心がければある程度の評価はしてくれます。
タイプ1の懐に入りたければ、まずは世間的に悪いとされることをしないこと。これも大事な要素になります。
さりげなく善悪観を聞いてみるのも手
「世間的な善悪」みたいな雑な括りで語りましたが、実際のところ、タイプ1の善悪観は多種多様です。
例えば仕事上での不正を許さない人もいれば、丁寧な仕事をすれば特に何も言わない人もいます。弱者への優しさを重視する人もいれば、目上への礼節を重んじる人もいるでしょう。
結局のところ、価値観はてんでバラバラと言えますね。良いことに好感を持ちやすいと言えど、何にどれほど好感を抱くかは人によります。
そのため、当人の信念、信条を、可能な限り自然な形で聞き出してみるのもいい手と言えます。
正義や善に一家言あるタイプ1ですから、多くの人は嬉々として熱弁してくれるでしょう。
あとはその善悪観に抵触しないように振る舞うだけですね。
狭量さを感じれば必要以上に付き合わないのも大事
タイプ1の器は人によります。
多少の悪に対して「そんなこともある」と寛大に構える人もいれば、自分にとって都合の悪いものをすべて悪と断じ、積極的に裁こうとする人もいます。
どれだけ私利私欲や私情が混じっていても、当人たちは正しいことをやっているつもりです。
正直よほどうまくやらなければ矯正は望めないので、無理だと思えばそっと距離を置くこともまた大事でしょう。
タイプ1の思考の中枢は、いつも善悪です。「こいつ何となく嫌い」が絶対悪として語られてしまうこともありますし、いつそれが自分に向けられるかもわかりません。
窮屈さや危険を感じれば、ちょっと距離を置いてみることも大事でしょう。
合わない人とは無理をして付き合わないのが上策です。
まとめ
というわけで、今回はタイプ1との付き合い方について考えてみました。
1.善悪をむやみに否定しない
2.怒りをこちらで調節する
3.悪には染まらない
4.無理と思えば関わらない
このあたりが鉄則となるでしょう。
人とは極力無理なく、ゆったりと関わりたいものですね。
どうか無理せず、タイプ1と適切な距離感で関わっていってください。
筆者:春眠ねむむ
X :@nemukedesiniso
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