今回は忘れないようにとりあえず書いておく、いわゆる備忘録の垂れ流しです。
タイプ6と不安は切っても切り離せない関係。囚われの恐れも、不安を軸として大きく膨れ上がったものと言っても過言ではありません。
ではその恐れの原型、不安とは何なのか?そこに関して、おさらいも兼ねてお話ししていければなと。
タイプ6の不安
エニアグラム基礎編では、「タイプ6の不安は自分の内側と外界の双方から発生する」という記述がなされています。
不安は思考センターを象徴する要素。そしてその中心に位置するタイプ6は、特に不安と強い結びつきがあるタイプとなるのです。
「自分は罰せられるような人間かもしれない」という恐れと、「外部の悪意に晒されるかもしれない」という恐れ。この2つが合わさることによって、タイプ6は自分も相手も十全に信じることができない状況に陥ります。
自分に対する不安と外部に対する不安。この2つの板挟みに遭いながら、タイプ6は本当に信用できるものを探し求めているわけです。

自分しか信じないどっかの8がつくタイプとは大違いですね。
自分すら信用できないので、常に何を信じればいいのか考え続けています
何かを信じようとする
タイプ6にとって、世界は不安と恐れに満ち満ちています。そのために、不安を脱する道しるべとなる何かを求め、見つけ、その道しるべに忠実な振る舞いをします。
「忠実な人」という呼び名がありますが、まさに不安への対抗策が忠実な人になることというわけですね。
自分が守られていると感じているときは、タイプ6がもっともパフォーマンスを発揮する瞬間です。なぜなら、不安に立ち向かう力を与えられているような感覚を覚えるからです。
反面、何か悪いことが起こると急に不安がよぎるようになり、満足に物事に対処できなくなります。
そういった特徴を有するために、安全を保障してくれる道しるべを求めるわけですね。
そして道しるべを見つけたタイプ6は、それを可能な限り信じ、忠実に振る舞い、支援しようとします。道しるべが倒れてしまうとまた不安の中に放り出されるため、そうならないように一丸となって道しるべを守ろうとするわけですね。
当然、安全性を保障するだけの厳しい審査基準はあります。ですがその審査基準を超えたものに対しては深い信頼を示し、その存在の前では不安は和らぎ、そして信頼できるものに対して忠実に振る舞うことで「これが正しいんだ」という強い実感と安心感を覚えるわけですね。
この審査基準を超えるものは多岐に渡ります。友人、恋人や配偶者、上司、同志、信念、果てはお金、権力、その他利益などなど。
信頼できると感じたものに対する忠誠心は非常に強固で、信じるものを守るためならば多少の苦難は厭わないでしょう。
信頼性を試す
タイプ6と切っても切り離せない行動傾向に、「試し行為」というものがあります。
タイプ6の根幹にあるものはいつも不安。つまり、守ってくれるものが何もない状態です。
「守られている」という実感を持っているうちは非常に強い忠誠心を見せるタイプ6ですが、多くの場合、冷静になってくるとこのような考え方が頭をよぎります。
「今信じているものは、本当に自分を守ってくれるものなのだろうか?」
この時に不安を払拭できる根拠があれば、変わらず厚い忠誠を誓うことができます。
ですがもし信頼が揺らぐような事件や悪いことが起これば……タイプ6の心には疑心暗鬼が生じます。
そういったとき、タイプ6は安全性をチェックせざるを得ません。なぜなら、信じたものが無駄だった場合はまた強い不安の世界に投げ出されるからです。
そのため、ちょっと逆らってみたり、離れるそぶりを見せてみたり、ちょっと手を抜いてみたり……ちょっとした反発心を生じさせ、自分が忠誠を誓うに足るかどうかを試してみるかもしれません。
この試し行為は健全に向かえば向かうほど無に近づきますが、逆に健全度が低いと非常に派手で大きなものになっていきます。
内的不安の投影
タイプ6は「自分は守られるに値しないのではないだろうか?」「罰せられるのではないだろうか?」「自分は愚かなのではないだろうか?」等、内的不安にも満ち溢れています。
そのため外部の動きに敏感で、外界で起きたネガティブな事象に内的不安を投影させてしまいます。
例えばですが、タイプ6が多い日本人が議論を苦手としている点。ここにもタイプ6が示す不安の投影が強く表れていると私は考えています。
ほとんどの人は、自分が何かの意見を出すときに「実は間違っているのではないか?」という一抹の不安を覚えます。そしてそこから転じて、「間違いは愚か」=「もし間違っていたら自分は愚か者」と考える人もいることでしょう。
これを踏まえた上で、議論の話に戻りましょう。
議論の場では「お互いの意見を出し合い、折衝していくことでより良い案を導き出す」という流れが求められます。
そのため、異なる意見や批評は往々にしてありえるわけですね。
この批評や異なる意見を見せられたことによって、タイプ6の「自分は愚かである」という一抹の不安が爆発。「愚か者だと思われている=馬鹿にされている」「自分の頭脳や人格まで否定された」という感覚を覚え、頑なになったり怒りを覚えたりして、議論は紛糾してしまうわけです。
この「馬鹿にされている」「人格否定」という解釈が、まさに内的不安を外部に投影した結果と言えます。
安全保障の契約
一方的であれ双方合意であれ、タイプ6は自分を守ってくれそうな拠り所と安全保障契約を結びます。
つまり、「忠実である代わりに危険から守ってね」という約束です。忠実に従い拠り所が負う責任を肩代わりする代償として、拠り所から守ってもらおうとするわけですね。
たまに「会社は私を守ってくれなかった」と絶望に染まる人がいますが、まさにあれこそが安全保障契約を結び、それを不履行という形で裏切られた人たちと言えるでしょう。
タイプ6は様々な不安を抱えています。それらから守られるために、他者に安全を求めます。
ですが、ただ守られているだけの寄生ではよくない。
そこで、安全を保証される対価として自分たちの心と体を捧げるわけですね。
つまり忠実な人の忠実とは、安全保障という契約のもとに成り立つ対価としての忠誠を指すのです。
恐怖対抗
最後に恐怖対抗について。
これは自分の内側のもの(信念や自己イメージ)に保証を求めた結果のものではないかと考えます。
要するに、「信じるべきものは他でもない、自分の中にある」という感じですね。
恐怖対抗型の内側は、疑念と不信に満ちています。自分の価値観しか信用できるものがなく、その価値観を脅かしかねない要素を敵とみなすことで成り立つのです。
価値観を脅かしかねない不安の種を打ち破ることにより、自分の価値観が正しいことを自他に知らしめる。そんな狙いがあるのでしょう。
タイプ6は勇敢なタイプとも言われていますが、まさにその勇敢さを象徴するのが恐怖対抗と言えます。なぜなら、勇敢に敵に立ち向かわなければ自分が信じるものが負けてしまうからです。
そのために必死になって戦い、打ち勝ち、自己を確立する必要があるわけですね。
まとめ
今回はタイプ6の不安について、忘れ防止も兼ねて軽くまとめてみました。
タイプ6は不安の中に生き、その不安からの守り手を求めています。勇敢に戦うのも忠実に従うのも、全て不安への対抗策。自分の内側から湧き出る不安と戦うための手段というわけですね。
この不安が小さくなればなるほど本領を発揮し、大きくなるほど疑心暗鬼に苦しむ。そういう人たちです。
タイプ6には不安が常について回りますが、不安だからこそ団結し、不安だからこそ人に忠義を尽くし、不安だからこそ勇気を持って戦えるタイプでもあります。
タイプ6がもし不安に打ち勝った時……その時こそ、彼らの本質、本領が見えてくるのです。
今回はここまでですね。他にも様々な記事を上げていますので、興味がおありの方はぜひともいくつか手に取ってみてください!
筆者:春眠ねむむ
X :@nemukedesiniso
threads:@shunmin.nemui
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