いい人でいるのがしんどい時の4つの心掛け

身勝手人生論

誰でもみんな、悪い人よりはいい人と言われたいですよね? 実際、いい人でいる方が周りからも敵視されませんし、恩恵も多く居心地がよいはずです。

しかし、かといっていつもどこでもいい人でいようとするのは、さすがにかなりキツいもの。我々みんな人間ですから、ちょっとズルしたり自分だけが得したしたくなるのもまた事実ですね。

で、結局善悪の板挟みになってキツい思いをしたり、振り切っていい人になった結果周りの「ズルしたい」思いに巻き込まれて自分一人が馬鹿を見たり……こういう経験、結構な人が味わってきたのではないでしょうか?

今回は、そんな「いい人でいること」について、ちょっとばかり持論を述べていきたいと思います。

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いい人でいるのは実際しんどい

まず最初に、我々人間ってそこまでいい人ばっかじゃありません。そして、いい人でいることは少なからず苦痛を伴います。

いわゆるいい人は、他の人が受けられるお得な話やうまい話に耳を貸してはいけません。何といっても、周りからいい人と思われるには自分が得しちゃマズいですからね。

本当だったら自分が受けられる恩恵や自分が口出しできるはずの選択も、全部他人に丸投げする。しかも常に困っている人のために常に目を配り、自分のことを後回しにしていろんな人を助ける。それに対する嫌がらせやひがみも全部受け止めて自分は悪くないのに謝罪までして、怒りも悲しみも全部内にしまい込む。

世のため人のためにと体をボロボロにしながら駆け回り、見返りを求めず人々の笑顔だけを報酬に今日も頑張って道徳的、模範的なふるまいを続けていく。

実際、これができる人は素晴らしい人格者だと思いますし、世の人からはまず善人として受け入れられるでしょう。

しかし、これって実際やろうと思えばできることなのでしょうか?

私としては、答えはノーです。疲れます。

事実、善人でいるのは難しく、世にいるいい人もどこかで限界を迎えて善行をお休みすることがほとんどだと思いますよ。

いい人って本当難しいです。これを抵抗も疲れも感じずやれる人は、まぎれもなく天性の才能です。

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いい人は見下される

これはもう人間心理ですが、善人やいい人って褒められたり感謝されることはありますが、普通に見下されたりナメられるも少なくありません。

考えてみてください。いつもニコニコして怒らなそうな人と逆らったら殺されそうなくらい怖い大悪党、どちらかを殴れと言われたらどっちのほうが殴りやすいですか? 実際どうしたいかは別として、純粋に殴りやすいのはニコニコしてる人と思う人が圧倒的多数でしょう。

恐れられる方が愛されるよりもはるかに安全である

マキャベリー君主論ー

と、これは権力者のふるまいについて唱えられた君主論の引用ですが……一般人にも同じことが言えます。

善人ほど見下しやすく、批判しやすく、馬鹿にしやすく、裏切りやすい相手はそうそういません。これも、いい人でいることが難しくしんどい理由のひとつですね。

なにも悪人である理由はありませんが、むやみにいい人でいようとするのもなかなか苦痛を伴うわけですね。

自分の意見を言わないのは害悪も……

個人的には「いい人」にカテゴライズするのは複雑なところですが……いい人でいようという一連の行動の中で、「相手が傷つきそうな自分の意見は絶対言わない」というものもありますね。

実際、自分が思っていることを封印して意見を言わないのは、人との意見の衝突を避けることができますが……長期的に見ると大損に繋がることもしばしばあります。

自分が「このままだと失敗する」「本人が後で痛い目を見る」と思ったときにも「傷つけたくない」という一心で相手の決断を尊重するのは、本当にその人のためになることなのでしょうか?

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