生き方がわからないと悩んでいるとき、答えをすぐに出してはいけない

自分の生き方

手相占いで人から相談を受けるとき、あるいは人生相談や悩みについてなんとなく調べてるとき……恋愛相談に次ぐくらいの勢いで多いのが、生き方に対する相談内容。

例えば適性がわからないとかどうすればいいのかわからないとかいろいろ言葉がありますが、大体総括すると「どう生きていいのかわからない」というものです。

当ブログ、「好きに生きる」なんて何の飾り気もなしにぶっちゃけてしまってますし、こういう話題には首を突っ込まざるを得ません。

てなわけで、あくまで私流ではありますが……「どう生きるといいのか」という質問への1つの答えを出していきたいと思います。

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別に「生き方」なんて難しく考えなくてもええやん

生き方に困った人が最初に人にしてしまう質問は、「どうすればいいですか?」「どうするのが正解ですか?」というもの。要するに、今すぐ明確に従うべき教えや答えが欲しいというわけです。

確かに誰かから与えられた使命や命令があれば、自分が悩むこともないでしょう。従うべき教えにしてもそう。気持ちはわかりますよ。

が、まあ少し待ちましょう。

古代中国の老子という人の言葉に、こういうものがあります。

白雁は白くなるために水浴びをする必要はない。

あなたも自分自身でいること以外に何もする必要はない。

そもそも「自分が何者か」なんて、深く考える必要はありません。普通に生きてるだけで、それ自体が自分自身である証になります。

むしろ、自分が演じるべき役割を無理に探す必要はありません。のんびりゆっくりやっていきましょう。

誰が何と言おうと、あなたは普通にやってるだけであなた自身です。それ以外の何物でもありませんし、何者かになる義務などありません。

別に夢や野心がないとか、特にやりたいことがないとか、そういう仕方のないことで真剣に悩む必要なんてありませんよ。

「夢なんてピンとくる経験があればいつか見つかる」くらいの軽い気持ちでいてもいいし、「月1で焼き肉食べたい」くらいのしょーもない生きがいや目標でも全然いいのです。というか、むしろしょーもないくらいの方が人生楽しく生きられますよ。

当然物事に限度はありますが、自分が苦しんだり人様に極端に悪影響を及ぼすことが前提になっていないのならば、好きにすればいいのです。「夢や希望を持って胸を張って生きる」なんて崇高なものばかりを指すのではなく、もっと気楽に生きましょう。

夢も希望も若々しい野心も、運良く「生涯を通じてこれをやりたい!」と思えるものが見つかったときに抱けばいいのです。

やりたいことをすぐ諦めるのはもったいない

とはいえ、「生き方って何?」と悩める人の中には、「夢や希望と言えるものが見つかったけど無理そうだった」と絶望に打ちひしがれてる人も少なくありません。

その多くは年齢とか勝率とか、あとは上手くいかなきゃみっともないとか時間が無い、余裕が無い……それらを視野に入れて早々に諦め、「それらに代わる生き方が見つからない!」と嘆いている人も多くいます。

やればええんやで。言いたいのはその1言に尽きます。

実際それで夢のための1歩を踏み出して成功すればそれでよし、失敗すればそれはその時です。

嫌々やってるわけでもなし、それこそ成否は問いません。やって、盛大に失敗してしまえばいいのです。

今の仕事を辞めないと取り組まないといけないとか、住んでる場所も今ある関係も全部捨ててからでないとそもそも始まらないくらい特別な仕事とか(引っ越して占い師に弟子入りする等)……そういう特殊な事例を除いて、試しにちょっとやってみたくらいで犠牲になるものはほとんどありません。

時間が無駄になるにしても、「どうせ無理だ」と自分に言い聞かせて悶々と過ごすよりははるかに有意義な捨て方のはずです。

別に失敗しても、それはそれでよくないですか?

自分の最低限の安全にすら悪影響を与えるわけではないのなら、いっそのこと失敗して、それをバネにまた戦略を立て直し、再起を図ればいいのです。

その時間すらもったいないというのならば……失礼ですが、その夢は所詮その程度のものでしかないという他ないでしょう。

時間を犠牲にしてでもやりたいのか、それともそうでもないのか。シンプルに考えましょう。仮に「今の時間を捨ててでもやりたいものでもない」と思ってしまった場合も、わざわざ悩む必要もありません。

人生は簡単かどうかは別にして、案外シンプルです。今ある「遊ぶ時間」を、やりたいことのためにどれだけ捨てられるのか。それだけです。捨てられる時間がゼロなら、それはそれでしょうがない話ですよね。

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