変人扱いする人の視野

ぶっちゃけ、他人を見て「変わった人」と思っちゃう人って、申し訳ありませんが視野がそんなに広くないんですよね。
そもそも何故変わった人という評価が出てくるかというと……言ってしまえば、「普通という基準があるから」に他なりません。
要するに、自分にはない視点、自分だと考え付かない考え方を指して、人は「変わり者」というレッテルを他人に貼り付けるわけです。
当然、変わり者の存在を面白がってるなら何の問題もありません。
ですが「自分と違う」「自分ではわからない」というような存在を絶対悪として、冷めた目で「変わり者」呼ばわりしているなら……さすがにそれは視野も器も狭いというものです。
世の中は意外と広い。自分たちが教えてもらった常識なんて、意外と他所の集団に属したりすると役に立ちません。
無論、自分たちが実害を被っているなら話は別ですが、そうでもないのに変わり者であることを非難の材料にするのは、さすがに誰も得しない考え方です。
自分たちと違うものを闇雲に排除するのではなく、一応存在だけは認める。これをするかしないかで、生きやすさも人間としての寛容さも大きく変わります。
「普通」「常識」は自分にしか通用しない
普通だとか常識だとか……こういう言葉は、必ずしも悪いものではありません。ですが、これらをあまりに過信しすぎるのは危険というもの。
そもそも我々が思っている普通、常識とは誰にとっての普通や常識なのか……ここからまずは考えてみましょう。
そもそも普通も常識も、あくまで自分から見た「当たり前」でしかありません。
案外普通だと思ったことも他の人にとっては異常だったりしますし、常識も会社から外に出ると通用しなかったりします。
例えば細かなところだと、「天ぷらには塩をかけて食べる以外ありえない」とか「朝起きて新聞を読むのは社会人としての義務」。大きなものだと「30を過ぎて独身の奴は異常者」「男は度胸、女は愛嬌」といったところでしょうか。
これら全部、私が実際に言われてきたことです。これらの常識を信奉している人もいる事でしょう。
で、これらを仮に信じるとして……じゃあ天ぷらにソースやしょうゆをかける人は性根が腐ってるんでしょうか?
言えに新聞が無い人は無知で馬鹿で愚劣なんでしょうか?
30過ぎても結婚してない人全員の性格に重大な欠陥があるものなんでしょうか?
臆病な男と無愛想な女に存在価値は無いと言えますか?
正直、よほど偏った物の見方をしなければ、これらの質問に大真面目に「その通り!」とは言えないはず。仮に言っちゃうような人は、一度世界を見渡してみましょう。
結局自分が思ってる普通も常識も、それが通用しないからと言って劣った人であるわけではありません。
場合によっては、むしろ普通と常識を強く信じている自分自身こそが「頭の固い変わり者」であることもあるのです。
変わった人を受け入れる度量
はい、というわけで常識の通じないらしい変人から見た「変わった人」の話でした。
これは単なる持論ですが、やはり視野や度量は、広ければ広いほど自分の気持ちも楽になります。何と言っても、理解できない相手に対していちいち腹を立てずに済みますからね。
無論、私が変わり者だから「無条件で受け入れろ!」と虫のいい要求をしているとか、決してそういうわけではありませんよ。
当然私の目線からも、度し難い意見や何を考えているかわからない人は存在します。ですが、それらに対して「頭が悪い」「異常者」とムキになるより、冷静に「こんな考え方もあるのか」と思った方が気持ちもスッキリしますし、無暗に相手を排除する必要もなくなります。
自己中心的な人、理解できない哲学を並べる人、重犯罪者、異常性癖などなど……世の中には、どうしても多数派に理解されない人もいます。
ですがそれらを「気持ち悪い」「理解する気もない」と排除するより、一旦「そういうもの」として冷静に見た方が、本当に排除する必要があるかどうかも明白になるのではないでしょうか?
まず改めるべきは、理解できない人間よりも理解する気の無い態度。少なくとも私は、そう思います。



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