普通の人になりたいとはいうが、そもそも普通の人って何?

世の中

普通の人になりたい。普通の人と結婚したい。よく言われますね。実際、ちょっと変わってるとかおかしいとか言われたことがある人なら、普通になりたいと思ったことは一度くらいあるんじゃないでしょうか?

私も一時期ありました。変わり者扱いされまくって、変だと言われて、せめて普通に生きたいと思ったことはあります。

ですが、その上で問いたい。普通の人って、何者なのでしょうか?

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「普通」とは?

普通=何の変哲もない、ありふれたこと。つまり普通の人とは、その辺の人のことですね。

隣の芝生は青く見えるもの。生きづらさや挫折を味わうと、誰しも一度は普通を夢見ます。

当たり前のようにぼんやり仕事して、程々に趣味やプライベートを楽しんで、年収は飛び抜けていいわけではないが生活する分には全く困らず、そこそこの友人に囲まれ、それなりに器量のある配偶者と結婚し、裕福というほどではないがそれなりの老後を過ごし、最後は老衰により畳の上で静かに息絶える。そんな人生でしょうか。

確かにこうやって文字にすると、ある意味すごい人生のように見えますね。程々で満足する代わりに、何も困らない人生。何の苦痛もない人生。

ですが、そんなことって本当にあり得るのでしょうか?

というか普通の人って、一体何者なんでしょうか?

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普通の人=何の苦しみもストレスもない人

はい、結局これが答えです。

普通の人になりたいという言葉は、つまり一切合切苦しみのない人生を生きたいという願望。

普通の人と結ばれたいというのは、つまり一切イライラポイントがない人と結婚したいという願望。

「完璧に願望を叶えられるわけではないのは知ってる。でも、せめて何も悩みがないくらいの人生にしたい」。そんな人が、普通という言葉に憧れるわけですね。

つまり全部80点くらい=普通?

結局、全部自分の理想通りとはいきません。理想通りにならなければ絶望するのは、さすがに完璧主義すぎます。理想通りの人じゃないからとキレるのは、さすがに身勝手です。

みんなそれはわかってます。わかってなくても、無意識に感じています。

「自分はそんな傲慢な人間じゃない。完璧も理想も求めない。でもやっぱり理想を求めたい」

こんな二律背反を抱えた結果、せめてもの妥協点として普通という言葉が生まれます

つまり普通とは一般的な存在などではなく、「自分の理想を形にしたい」という思いと「そんなものあるわけがない」という思いの狭間で生まれた妥協点であり、あえて悪意的な言い方をすればまやかしです。

人によって及第点は異なりますが、すべて理想通りを100点満点としてだいたい80点くらいにおさまるんじゃないでしょうか?

あかつき
あかつき

まーた認めたくないって人が多そうな答えを持ってきたよこの人……

ま、結局「おおむね理想通り」くらいが、人の語る普通じゃないですか?嘘だと思うなら、普通普通とうるさい人でも見てみてください。多分自分の理想を押し付けてますから

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突き詰めれば、普通は存在しない

厳密に、普通って存在しないんですよね。人と状況によって、普通の基準は大きく違うので。

抽象的に「こんな生き方」と言えば、多くの人に当てはまる「普通」は存在するでしょう。

ですが、例えば年収いくらくらいが普通でしょうか?どれくらい優しい人と、どれくらい見た目が整った人と結ばれるのが普通なんでしょうか?
友達の数は?関係の深さは?趣味は?仕事は?

いろんな基準を具体化、数値化していくと、人によって普通の基準は異なります。

要するに、これが答えです。普通などと言いますが、そもそも普通の基準は不確かでわからないものだらけです。

普通と言いつつ平均より上?

結局、普通のいうものは理想に引っ張られます。というか、理想通りを言えば「理想が高すぎる」と言われて嫌だから出した妥協案が、たいていの人が語る「普通」です。

あかつき
あかつき

言いやがったよこいつ……

というわけで、普通の人が本当にその辺にいるのかというと、答えはNoです。

普通の人でも大抵は苦労してますし、何かしらの葛藤もあります。普通の人も、実は結構貧しかったりします。

でも、そんなのは嫌だ。自分の考える「普通」じゃない。だから自分は別の「普通」の基準を求める。

大丈夫です。みんなそうです。何かしら人と違うところがあり、普通の人でも平均より劣るところ、尖りすぎたところがあり、そこに苦しむたびに普通という名の優れた存在を夢見ます。

ただそれを当たり前だと思っても、当然叶えるべき願いだとも思わないでください。それが、人生のドツボに嵌る要因になります。

普通になるにはどうすればいいのか?

普通の存在というのはまやかしです。じゃあ普通の人にはなれないのかというと、実はちょっと違います。

というわけで、これから普通の人になる方法をお教えしましょう。

以下の言葉を唱えてください。

私は普通

私は普通

私は普通

はい、これであなたも普通の人です。

あかつき
あかつき

……馬鹿にしてんのか?

はい、すみません。でもこれ、別にふざけてなんかいません。至って真面目な回答です。

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普通を求める人に必要なもの

そもそも、普通の人に憧れる人にかけているのは、「自分は問題ない」と思える気持ち。平たく言えば、自己肯定感です。

大事なのは普通を求めることではない。変わっていようが普通だろうが、どうでもいいと思えることです。それだけ、自分の存在自体を許せることです。

当然、口で言うだけなら簡単な言葉です。ですが、基本的にはこれしかありません。

自分を認め、普通でない自分を認め、そんな自分を「案外普通だな」と思えるようになれば、もはや普通の人。というか、普通とかどうでもよくなっています。

どうせ拒否権なしに強制的に生かされている人生です。せめて楽しく、面白く生きられるようにしましょう。

普通とか変わり者とか、そういう形にこだわらず、自分の本当に欲しいものを口に出してみましょう。

そうやって自分に正直に生きた方が気持ちは楽になります。

あかつき
あかつき

ま、これは筆者に限った話ですけど。人には人の求める人生があります。

っても、普通を漠然と求めるよりは、突き詰めていった方が方向性が固まって気持ちが楽になるのも否めませんね

コメント

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