どうしてなの!?ピンチなのに絶望的に助けてもらえない人3選!

世の中

このブログで取り扱ってる話題を考えても、おおよそ人生が苦しくて仕方がない人が大半でしょう。

で、そういうピンチだったりしんどい時ほど人の力を借りるべき時なのですが……実際、そういう時って周囲に助けてもらえる人と助けてもらえない人がいるんですよね。

結局この差って何なんでしょうか?

今回は助けてもらえない場合に焦点を当て、「どうして人に助けてもらえないのか」を考えてみましょう。

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人からの援護が絶望的な人3選

前書きとして断っておきますが、人からの援護を望めない人は必ずしも悪人というわけではありません。

いや、正式には原則悪人は他者の助けを期待できません。ですが、意外とまともな人であっても、条件が噛み合えば誰も助けてくれない事もあるのが現実です。

どれだけ善行を働いても誰も見ようともしないし、何なら周囲から白い目で見られてひとりで勝手に落ちていく。そんなことにならないように、普段からの態度や周囲からの印象は大事です。

というわけでお待たせしました。ピンチの時にしょっちゅうスルーされる人3選。該当してしまうのは、以下の人たちになります。

1.そもそも助けを求められない

まず第一に、周囲がその人にどれだけ恩義があったとしても、ピンチだと知らなければ手を貸すことはできません。

周囲から「いい人」と評価されている人が驚くほど誰からも援助されないのは、主に声を上げないのが原因と言えますね。

逆にどうしようもない性格にもかかわらず味方を作ってのうのうと寄生する奴は、やっぱり相応に周囲への援助要請を行っているわけです。

大丈夫。周囲も馬鹿ではありません。自分のキャパを無視してこちらを助けてくれることなどまず無いわけですから、変に罪悪感を覚えず素直に助けを求めましょう。

助けの援助は具体的に

さて、助けてほしいと声を上げるにも、成功率を高めるための1つコツがあります。

具体的に何をしてほしいのかはっきりと伝える。これですね。

ただ「助けてほしい」というだけでは、周囲は困惑し、何をすればいいのかわからないまま結局スルーしてしまう可能性もあります。

人は驚くほどこちらに興味がありません。要するに、「察してよ」と言われても察せないんですよね。こちらの状況には逐一興味を向けてくれないので。

また、全体に呼び掛けるのではなく誰かを指名するというのもお忘れなく。

これはAEDの使い方を学ぶときに聞いたのですが、「人は基本指名されないと動こうとしない」とのこと。

意識を失っている人を助ける時は、その人の状態を確認して応急処置を行う他に、レスキューと警察の手配に1人、AEDを探すのにもう1人の手が必要になります。

この時に「誰か救急車を呼んで!」「誰かAED持ってきて!」と声をかけても、みんなその場にとどまってばかりで何もしようとしないのだとか。

人は「他の人がやってくれるだろう」と思えば驚くほど誰も動きませんし、何をすればわからない場合も同じです。

「誰が、何をすればいいのか」を明確にすることで、助けを得られる確率はぐんと上がりますよ。

2.助ける価値を感じない

やっぱり人は感情の生き物なので、どうしても行動判断に好き嫌いは反映されてしまいます。

周囲に「こいつを助ける気になれない」「別に助けても何の得にもならない」と思われてしまえば、どれだけ窮地に陥った人でも助けを得られる可能性は絶望的になります。

具体的には、以下の人たちは助けを得るのが難しくなりますね。

  • 感謝しない
  • 特に接点が無い
  • 嫌われてる
  • 人を助けない
  • 依存的で人使いが荒い
  • どうしようもない奴のイメージがある
  • 軽蔑されている

端的に言うと、クズだと周囲に思われたり馬鹿にされていると、どうしても助けは得られませんね。

人間、どうしても路傍の石よりも輝かしい人についていきたいですし、恩は高く売れる相手に売りたいと思ってしまいます。大抵は何かしら打算が絡んでしまうものです。

軽蔑されれば優しい人でも……

人間、嫌でもクズな部分を持ち合わせてしまうもの。たとえどれほど恩があっても、その人に昔命を救われたとしても、周囲に舐められて見下されてる人を助けようと考える人はなかなかいません。

いじめられていたり無能レッテルを貼られているなら、助けてもらうためのノウハウ以前の問題です。

こういう場合は窮地に陥っても周囲から追い打ちを食らう可能性すらあるので、逃げることを優先的に考えましょう。

助け合いは人の基本

何だかんだ、助け合いは人の基本。助けられた恩義を平気で仇で返せる人間は昨今増加傾向にありますが、それでも堂々と不義理を働ける人はまだそうはいないでしょう。

人から好かれる最強の方法として、未だに「その人を助ける」を超えるものは無いと思われます。

無論、差し出した手を平気でへし折る輩も中にはいるので、その辺は普段の様子から注意して当たりをつけておきましょう。

人助けばかりしているとなかなか苦労が絶えませんが……その辺はご自身のキャパと要相談。

ですが、無理のない範囲でならだれかを助けても、後々を考えると損はないのではないでしょうか?

3.何かと間が悪い

当然ですが、いつでもどこでも誰かが助けてくれるわけではありません。

忙しい時はもちろん、相手の虫の居所が悪い時、なんか自分が悪いレッテルを貼られてる時などなど……どうやっても人の助けが得られないシチュエーションやタイミングは存在します。

そういう時に誰かの助けが必要になった人は、残念ながら運が無かったとしか言いようがありません。

周囲の手が空いたりこちらへの態度が和らぐのを確認してから、また改めて援助を求めましょう。

人生、そういうどうしようもない時はあります。そんな時こそ、周囲をしっかり見極めてから行動に移しましょう。

助けを得るのは悪いことではない

どれだけ意気込んだところで、所詮人生助け合いです。

自分も手を貸す、相手の手も借りる。そうやってwin‐winの関係を周囲と築くことによって、物事の多くは好転するものです。

しんどい時は無理せず助けを求める。代わりに今度は何かあったらこっちが助ける。それでよいのではないでしょうか。

この長い人生です。無理に何でも背負い込まず、頼れる人を頼るor頼れそうな人を探してみるのも、時に重要だと思いますよ。

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