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	<title>私の価値観 | 好きに生きる。</title>
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	<description>無能な嫌われ者が、それでも好き勝手に生きるための「ぶっちゃけ広場」</description>
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	<title>私の価値観 | 好きに生きる。</title>
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		<title>【ただの妄想】重婚が認められた世界線</title>
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		<dc:creator><![CDATA[春眠ねむむ]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Mar 2026 10:08:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[世の中]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係いろいろ]]></category>
		<category><![CDATA[私の価値観]]></category>
		<category><![CDATA[身勝手人生論]]></category>
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					<description><![CDATA[この度彼女と結婚する流れとなりましたので報告いたします。春眠ねむむです。 さて、この間、彼女もとい妻とこんな話をしました。 「重婚が大々的に認められ、推奨されたらどうなるのか？」 今回は、この話題で意見交換した時のまとめ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>この度彼女と結婚する流れとなりましたので報告いたします。春眠ねむむです。</p>



<p>さて、この間、彼女もとい妻とこんな話をしました。</p>



<p>「重婚が大々的に認められ、推奨されたらどうなるのか？」</p>



<p>今回は、この話題で意見交換した時のまとめとなります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">重婚によって生じる価値観</h2>



<p>まず重婚が認められた際に発生する価値観のお話になりました。</p>



<p>結論からまとめましょう。重婚によって、<strong><span class="marker-under">男の価値は娶る女の人数によって決まる</span></strong>という話に落ち着きました。</p>



<p>大量の妻を囲うということは、それだけ資金力と魅力を持っていることの証左。そのため、強い男＝何人もの妻を囲っているという方程式が成り立つということは想像に難くありません。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>本当なんつー話をしてんだこいつら</p>
</div></div>



<p>要するに、結婚できない男は雑魚です。下手をすると存在価値すら認められないかもしれません。</p>



<p>同時に、女の価値もより厳格なものとなっていきます。</p>



<p>重婚によって生じる女の価値、それは<strong><span class="marker-under">どれだけ強い男に嫁いでいるか</span></strong>に左右されるというもの。</p>



<p>重婚が認められるということは、当然それだけ強い男に嫁ぐチャンスも多くなります。つまり結婚できない女は、そのチャンスを活かせないクソ雑魚ナメクジという扱いに落ち着くでしょう。</p>



<p>要するに、結婚できない奴はカスです。その価値観は元からある程度あるものですが、重婚可という環境によって加速することが考えられます。</p>



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</div>




<h3 class="wp-block-heading">崩壊する強い女への魅力</h3>



<p>昨今では、一人で立つことができる強い女像に憧れを抱く女性も多いことでしょう。</p>



<p>ですが、重婚という数多の結婚チャンスの到来によって、その強い女像の価値が暴落します。</p>



<p>先述しましたが、女の価値はどれだけ強い男に嫁いでいるかで決まります。そのため、未婚女性は軽蔑・差別の対象にすらなりかねないでしょう。</p>



<p>昨今でも、女性は自分以上の収入を持つ男性にばかり惹かれるというではありませんか。とすれば、何だかんだで強い男のものになる土壌は整っていると言えるわけです。</p>



<p>男女平等参画社会の到来、そして男性の給与の減少と結婚離れによって、男女とも結婚のチャンスが大いに減りました。これが強い女性像を求めるきっかけとなった契機と我々は考えました。</p>



<p>とすれば、きちんとした生活を供給できる男のもとに嫁げるのならば、何も強い女でいる必要はない。このため、強い女を求めるのは変わり者がすることという認識が生じるでしょう。</p>



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</div>




<h2 class="wp-block-heading">重婚による人権問題</h2>



<p>重婚によって未婚者の価値が暴落するということは、つまり結婚できない男女の存在価値が損なわれることを意味します。</p>



<p>そのため、結婚できない男性女性に対する風当たりはかなり強くなることが想像できるでしょう。下手をすると、その風当たりのキツさは昔の日本よりも強烈かもしれません。</p>



<p>先述しましたが、男の価値は結婚している女の数で決まり、女の価値はどれだけ強い男に嫁いでいるかで決まります。</p>



<p>とすれば、待ち受けているのは<strong><span class="marker-under">未婚者＝ゴミという最悪のレッテル</span></strong>。人権も何もあったものではありません。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>私は「人間とはゴミを探して歩き回るものだ」と思っちゃいますけどねー。だって精神疾患者も生活保護受給者も、それなりの数の人からすればゴミじゃん？</p>



<p>そのゴミという役割が未婚者という不特定多数にあてがうことができるなら、人間は喜んでそれをすると思います</p>
</div></div>



<p>結局のところ余っているのは、一人も妻を囲えなかった男と、誰にも相手をしてもらえなかった女です。</p>



<p>生物は種を存続・繁栄させていくことを使命としてプログラムされています。とすれば、余っているのは繁栄ルートから外れた無価値な存在。そんな生物的本能の残忍な価値観が浮き彫りになることでしょう。</p>



<p>いじめは楽しい。これはどの生物でも同じです。魚ですら弱いものいじめを楽しみます。</p>



<p>既婚者に石を投げつけられても、殴られても、最悪刺されても「でもあなた未婚者でしょ？」で終わってしまう。下手をするとそんな社会になってしまうかもしれませんね。</p>



<h3 class="wp-block-heading">底辺男女でいがみ合う</h3>



<p>また、重婚が正義と化すことで、未婚の男女でいがみ合う構図になることも考えられます。</p>



<p>未婚者は悪。その価値観が生じ、人権問題に拡大する可能性についてはお話ししました。今度はその「悪」同士で生じる問題ですね。</p>



<p>なぜいがみ合うのか。理由としては、まず「結婚しようと思えない相手だから」というものが挙げられます。</p>



<p>そんなに結婚が正義ならば余っている者同士で結ばれればいいだけなのですが、おそらく弱者男性も弱者女性もそれはできないでしょう。</p>



<p>なぜなら、相手にある程度以上の魅力を感じなければ心が動かないから。</p>



<p>そこで、男女ともにこう考えるわけです。</p>



<p>「自分が結婚できないのは、余っている奴に魅力がないせいだ」</p>



<p>言い方を変えましょう。</p>



<p>「余り物に魅力がないせいで結婚できず、そのせいで世間にいじめられている」</p>



<p>自分が結婚できない理由＝世間から軽んじられる理由を未婚の異性に求め、ひたすら恨むことに終始するわけですね。</p>



<p>こういった社会で余ってしまう男女は、どちらも強者に魅力を感じてもらえなかった人たちです。そのため、せめて弱者を見ようとするわけですが、下手に見てしまった結果、相手の不甲斐なさにイライラしてしまうでしょう。</p>



<p>また、人は「怒りやすい相手に怒り、いじめやすい相手をいじめる」という特性があります。リスクが少ないからです。でなければ弱いものいじめなんて存在しません。</p>



<p>本当は男が憎い。女が憎い。なぜなら自分を社会から軽蔑される存在にしたからである。</p>



<p>でも、強者を恨むのはリスキーですよね。ストレートに恨めばすり潰されて終わりですし、万が一気が変わって自分のところに来てしまう可能性もあり、その可能性を消すのは得策ではないからです。</p>



<p>そこで、男女とも弱者を恨むことで憂さを晴らすようになります。</p>



<p>異性に対する恨みを弱者にぶつける。これによって、少しでも気持ちの安定化を図るわけです。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>なんというディストピア！一周回って見てみたいです</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">重婚によって生まれるビジネス</h2>



<p>最後に、重婚制度によって生じるビジネスに話題が向かいました。</p>



<p>それについてもまとめてみましたので、ついでにご覧いただければと。</p>



<h3 class="wp-block-heading">おひとり様用結婚指輪</h3>



<p>まず最初に思い浮かんだのは、おひとり様でも「結婚してますよ」と周囲にアピールして人権を獲得する、「一人用結婚指輪商法」。</p>



<p>これは今婚約指輪を取り扱っている指輪専門店がやりそうな商売ですね。</p>



<p>やり方も簡単です。ペアリングの片方を、それぞれ男女に販売するだけ。新しい金型もデザインも必要ありません。</p>



<p>つけているだけで周囲に結婚をアピールできるので、買うお金が残っている未婚者が周りに人権を認めさせる手法として多用されることでしょう。</p>



<p>これはお金を持っている独身貴族が人権を得る方法としても活用されそうです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">求婚指輪</h3>



<p>主に男性向けの商法として、「求婚指輪」なるものが販売されるようになるかもしれません。</p>



<p>どういうものなのかというと、「高価な指輪を特定の指にはめることによって、結婚できるだけの資金力をアピールする」という狙いがあります。</p>



<p>孔雀の雄が綺麗な羽を広げるのと同じ要領ですね。指輪を買う資金力を女性に見せて未婚女性を惹きつけようという感じです。</p>



<p>とはいえ、未婚男性の大半が求婚指輪をつけることになる可能性が想定されるため、結局指輪の価格次第では無意味に終わってしまうかもしれません。</p>



<h3 class="wp-block-heading">整形手術の需要拡大</h3>



<p>なんだかんだで顔、そして体である程度の魅力を補うことができるのは事実です。</p>



<p>そこで、整形手術の需要も、重婚によって拡大するかもしれません。</p>



<p>顔はもちろん、女性ならば胸やお尻の整形が多そうですね。</p>



<p>また、整形とは違いますが、体作りつながりでフィットネスジムも需要が高まりそうです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">パチンコ・競馬業界の需要拡大</h3>



<p>指輪すら買えない、整形のお金もない。そんな男女が向かう先は、博打による憂さ晴らし。</p>



<p>昨今でも、お金がない人たちは博打に憂さ晴らしを求めます。</p>



<p>未婚による人権のなさという異常レベルのストレスから逃げる手法の一つは、パチンコや競馬といった、なけなしのお金に夢を託す現実逃避となるでしょう。</p>



<p>まあそんなことをしていては貯まるお金も貯まらないのですが……人間、追い詰められると目先しか見えなくなるものです。</p>



<p>目先の膨大なストレスを処理することによってどうにかやり過ごし、お金を失い、さらにストレスを溜め込み……。</p>



<p>この負のスパイラルによって、博打は今以上の需要を生むようになるでしょう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">母性講師・母性検定</h3>



<p>これも以前妻と話したことなのですが、「女のモテポイントは顔、胸、尻、母性」とのこと。要するに、母性だけでもあればそれだけ結婚チャンスがあるかもしれないということです。</p>



<p>そこで、女性に母性を仕込むための母性講師なるものが出てもいいかもしれません。</p>



<p>同時に、母性の度合いを示す母性検定なる資格が誕生する可能性もあります。母性検定に合格するということは、それだけ母性をアピールできるチャンスが生じるということになりますからね。</p>



<p>とはいえ、母性検定の合格証書を道ゆく男性に見せるわけにはいきません。</p>



<p>そこで妻が怖いことを言っていたのですが……合格証書代わりに専用の首輪をつけさせるとのこと。確かに、これならば男性にも見えやすいでしょう。</p>



<p>ただ、これは今考えついたことなのですが、首輪の模造品も結構出回りそうですね。場合によっては、母性検定もたいして意味をなさなくなりそうです。</p>



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          </div>

</div>




<h2 class="wp-block-heading">最後に</h2>



<p>こんかいのはあくまで妻と二人で並べ立てた妄想です。決して現実味のある話ではありません。</p>



<p>また、私個人としては未婚者を見下す意図はないことも明記しておきます。</p>



<p>「完全にディストピアじゃん」と笑いながら考察しまくっていましたが、こうして並べてみると、実際に訪れたら笑い事ではすまない最悪の世界が誕生しそうですね。</p>



<p>重婚を可能にすれば、少子高齢化が少しは抑えられるかもしれません。ですが、なんか大事なものを消し飛ばしてしまっているような……？</p>



<p>一国民として、そんな世の中が訪れないことを願うばかりです……。</p>
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		<item>
		<title>【性格タイプ関連設問】時間とは何か</title>
		<link>https://kokebutaikiru.com/time-is/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[春眠ねむむ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 10 Jan 2026 09:53:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[私の価値観]]></category>
		<category><![CDATA[身勝手人生論]]></category>
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					<description><![CDATA[ソシオニクスという性格類型の設問に、こんなものがありました。 時間という概念の意味をあなたなりに解説してください。 まあロシア語の翻訳を他サイトさんから拾ってきたものですが……有り体に言えば、「時間って何？」ということで [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>ソシオニクスという性格類型の設問に、こんなものがありました。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p>時間という概念の意味をあなたなりに解説してください。</p>
</blockquote>



<p>まあロシア語の翻訳を他サイトさんから拾ってきたものですが……有り体に言えば、「時間って何？」ということですね。</p>



<p>せっかくの設問です。興味本位で、Xにこの質問を投げてみました。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-rich is-provider-twitter wp-block-embed-twitter"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<blockquote class="twitter-tweet" data-width="550" data-dnt="true"><p lang="ja" dir="ltr">ソシオニクスのテストに面白い面白い設問がありました。<br>「時間とは何か」</p>&mdash; 春眠ねむむ@己を知り人を知る人を目指したい (@nemukedesiniso) <a href="https://twitter.com/nemukedesiniso/status/2008474691175162032?ref_src=twsrc%5Etfw">January 6, 2026</a></blockquote><script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>
</div></figure>



<p>残念ながら思ったほどの回答は得られませんでしたが……それでも、一部の方から<s>熱烈な</s>回答をいただきましたので、この度そこも踏まえながら雑感として投稿してみようと思った次第です。</p>



<h2 class="wp-block-heading">時間の概念に正解なし</h2>



<p>まず初めにはっきりさせておきたいのですが、これは性格診断の一種です。決して正解など存在しない問いですし、ついでに言えば回答によってタイプが決まるわけではありません。</p>



<p>あくまで見ているのはすらすら答えられるかとか設問自体を楽しめるかとか、そういった部分だけです。</p>



<p>そのため、「この性格タイプにはこう答える傾向がありますよ」とまでは言えても、「こう答える人はみんなこの性格タイプだ」とも「この性格タイプならばこう答えなければおかしい」とも言えない質問だったりします。</p>



<p>要するに、性格タイプが受け答えの内容で決まるわけではないというわけですね。そういう意味では千差万別あって然るべき設問といえますし、決して正解を考える必要も仔細に考える必要も<s>カンニングの必要も</s>ないのです。</p>



<p>さて、そのあたりを踏まえてです。以下、個人的な感想だったり発見だったりを語っていこうではありませんか。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>回答の方向性とか見えてきたものとか興味は尽きませんが、<strong>この上から目線の物言いは割と腹立つ</strong></p>
</div></div>



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          </div>

</div>




<h2 class="wp-block-heading">実は心理機能のお話</h2>



<p>ソシオニクスや性格類型に興味がない方は飛ばしてください。</p>



<p>さて、この質問が何を意味するか。それは心理機能が何なのかをざっくりと探るための設問だったりします。</p>



<p>じゃあその心理機能は何なのか？</p>



<p>ちょっと一文と空白でもったいぶってみます。</p>



<p><br><br></p>



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          </div>

</div>
<br><br><br><br><br>はい、ではどの心理機能なのか答え合わせをしましょう。</p>



<p>端的に言えば<strong>Ni</strong>です。<s>みんな大好き</s>Ni持ちが楽に、あるいは嬉々として答えるような設問とされているわけですね。</p>



<p>実際、答えてくださった方もNi持ち自認が多かったです。というか他タイプ自認の方とか一部を除くNi自認の方からの回答はほとんど得られませんでした。あって１か２だったか。忘れましたが本当に少数です。</p>



<p>Niというアルファベット二文字を見て、俄然この設問に興味が湧いてきた方もいらっしゃるでしょう。ですがそんなことはどうでもいい。大事なのはこの後です。</p>



<p>この設問に対していただいた回答には、ちょっとした方向性が見えてきました。次項ではそれを軽く語っていければと。</p>



<h2 class="wp-block-heading">一定の人から見る時間の概念の方向性</h2>



<p>さて、Ni持ちの方が嬉々として語ってくださったということを前項ではお話ししていきました。</p>



<p>では、その時間に対するアンサーにはどのような方向性があったのかを考えてみるとしましょう。</p>



<p>端的に言います。<strong><span class="marker-under">時間とは流れ</span></strong>です。</p>



<p>人間の手が及ばない流れていくばかりのもの。我々とは関係なくひたすら経過していくもの。まとめるとこんな感じでしょうか。</p>



<p>ここから見えてくることは、個人や自分の主観というミクロ視点を一切持ち合わせていないということ。時間を大いなる流れと捉え、自分のための有限のリソースとも守るべきものとも、ましてや時計を見ればわかるものとも思っていない。</p>



<p>大半の方が「ただ流れるもの」という結論に行きつき、自分と切り離して見ていらっしゃいました。</p>



<p>ですが、中には違った内容でお答えいただいたケースがあるのも事実。</p>



<p>結局はその人次第で答えは変わってくるわけですが、大半の方に当てはまる一定の方向性が見えてくるのは面白い結果だったと思います。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>カンニング疑惑がある人があまり現れなかったのも面白ポイントですね。皆さん長文で答えるから読むのが嫌になったのかな？</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">春眠ねむむの回答</h2>



<p>さて、人からご回答いただいた内容にどうこう言っているだけでは不平等というもの。最後に、私がこの設問にどう答えたのかを、恥ずかしながら画像でお届けいたします。</p>



<figure class="wp-block-gallery has-nested-images columns-default is-cropped wp-block-gallery-1 is-layout-flex wp-block-gallery-is-layout-flex">
<figure class="wp-block-image size-large"><img fetchpriority="high" decoding="async" width="1024" height="491" data-id="21022" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2026/01/スクリーンショット-2026-01-08-14.51.24-1024x491.png" alt="" class="wp-image-21022" srcset="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2026/01/スクリーンショット-2026-01-08-14.51.24-1024x491.png 1024w, https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2026/01/スクリーンショット-2026-01-08-14.51.24-300x144.png 300w, https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2026/01/スクリーンショット-2026-01-08-14.51.24-768x368.png 768w, https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2026/01/スクリーンショット-2026-01-08-14.51.24.png 1238w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>
</figure>



<p>……最後のはネタで書きました。どうぞお忘れいただければと。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>こういうことするからたまに燃えるんですよ</p>
</div></div>



<p>大枠は大半のNi勢の方と一緒ですが、個人的には「流れという見方にすら確たる証拠がない」という感じでしょうか。</p>



<p>ですが一概に言えるのは、人の身では操れないもの。そして便宜上人がそう名付け、可能な限り可視化したものでしかない<s>と思う</s></p>



<p>ただ個人の主観的視点から観測する分には、時間は確かに流れています。何をしていても勝手に時は進んでいきますし、だからこそ寿命が設けられた個人に割り振られる時間は有限のリソースとも言えます。</p>



<p>時間は無限に過ぎ去るようにも見えますが、それも個人の推察に過ぎない。もしかしたら有限の存在かもしれませんし、見た通り無限のものかもしれません。</p>



<p>ほぼ唯一時間に囚われないかもしれない方法としては不老不死になってからのタイムリープが思いつきますが、それももしかしたら飛ぶ先は似たような並行世界かもしれませんし、そうでなくても時間に囚われないと確約できるものでもありません。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>そもそもそこまでしたがる時点で時間に囚われてます（笑）</p>
</div></div>



<p>わかりませんね、時間。どういうものなのか、なぜ存在するのか、なぜ流れるのか、そもそも流れているのか。全ては謎です。</p>



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          </div>

</div>




<h2 class="wp-block-heading">まとめ</h2>



<p>今回は「時間とは何か」についてあれこれとお話ししてみました。個人的には結構面白いデータが採れたと思いますし、ご協力くださった方には感謝の言葉もありません。</p>



<p>とりあえずこの設問への回答を見て見えてきたのは、S型＝個人視点や人が観測・視認できる範囲、N型＝明らかにぶっ飛んだ何かという方向性でしょうか。</p>



<p>S型は現実を見ているが見ているものは狭い。N型は視野が広いが底が抜けている。そんな印象を受けました。</p>



<p>最後に私から見た時間を載せましたが……いかがでしたでしょうか？共感？反感？それとも意味不？</p>



<p>何にせよ、なかなかふるいにかける設問だなと。</p>



<p>時間＝流れ、変化。ついつい舌鼓を打ってしまいそうな答えです。言われてみて「なるほど」となりました。</p>



<p>あと、少数ですがS型の方の意見もいただけたのは大変嬉しいですね。興味を持たれるかちょっと不安だったので。</p>



<p>そんな話はさておき、「時間＝流れ」という面白いご回答ありがとうございました。ご協力くださった皆様に感謝を！</p>
]]></content:encoded>
					
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		<item>
		<title>信仰という全てにおいて優先される概念についての雑感</title>
		<link>https://kokebutaikiru.com/post-20971/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[春眠ねむむ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 27 Dec 2025 12:42:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[私の価値観]]></category>
		<category><![CDATA[身勝手人生論]]></category>
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					<description><![CDATA[こんな意見を見ました。 「私は信仰を超越している。なぜならAIが抽象的だと言ってくれたし、人には理解されづらいし、哲学的なことを考えているからだ」 これ、私個人は「俗っぽい自己評価だなー」という思いと同時に、「変わり者教 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>こんな意見を見ました。</p>



<p>「私は信仰を超越している。なぜならAIが抽象的だと言ってくれたし、人には理解されづらいし、哲学的なことを考えているからだ」</p>



<p>これ、私個人は「俗っぽい自己評価だなー」という思いと同時に、「変わり者教、抽象教、哲学教」という言葉が浮かびました。あとAI信者の適性がある。</p>



<p>今回はそんな◯◯教、もとい信仰に関する雑感を込めたお話です。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p><span class="bold">雑感というか持論じゃねーか</span></p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">そもそも何が信仰なのか</h2>



<p>そもそもの話、信仰とは何なのでしょうか？〇〇教といった宗教や宗派といった狭義のものを指すのでしょうか？それとも「信じるもの」という広義の意味合いを指すのでしょうか？</p>



<p>例のごとくGoogle先生もといネット辞書に問いかけてみたところ、以下のような答えが返ってきました。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li>神仏などを信じ崇あがめること。経験や知識を超えた存在を信頼し，自己をゆだねる自覚的な態度をいう。</li>



<li>人を信じうやまうこと。信心</li>
</ul>



<p>なるほど。これだけだと、一見すれば「神や人を信じないのであれば信仰とは言えない」という判断を下せるかもしれません。</p>



<p>ですが、ちょっと待ってほしい。</p>



<p>ここで言う神仏”など”とは、本当に神様仏様のみを指すのでしょうか？</p>



<p>コトバンク先生では、以下のような文言で語られていました。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li>特定の対象を絶対のものと信じて疑わないこと</li>
</ul>



<p>要するに、神仏や宗教だけではない。<strong><span class="marker-under">自分があらゆる事象を超えて「これが正しい」と思ったものは、すべてが信仰である</span></strong>と言っても間違いではないのです。</p>



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          </div>

</div>




<h2 class="wp-block-heading">信じるもの＝信仰</h2>



<p>絶対なんてありえない。多少賢い人ならば、まずたどり着く境地です。</p>



<p>ですが困ったことに、人は絶対の正解をどこかに求めてしまいます。</p>



<p>「理論に基づけば間違いない」</p>



<p>「偉い人が言っていた」</p>



<p>「神様なんてこの世に存在しない」</p>



<p>どれも強く念じたり絶対的な確信を持っていれば、それすなわち信仰に通じます。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>筆者が勝手に思ってるだけですね。あんまり深刻に考えちゃいけませんよ。<strong>こいつの頭の中はカスみたいな思想や価値観も山ほどある</strong>ので</p>
</div></div>



<p>どのような信念も信条も、貫いてしまえば信仰です。「自分は何かに囚われるほど浅はかな人間ではない」という<s>この記事読んでる誰かが思ってそうな</s>絶対の自信も、便宜上ですが「健全教」「賢者教」と呼べなくはないでしょう。</p>



<p>結局のところ、人の頭の中は信仰だらけなわけですね。神様仏様だけが信仰ではないと考えれば、誰しも何かしらの信仰を持っていると言っても過言ではないでしょう。</p>



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          </div>

</div>




<h2 class="wp-block-heading">信仰は絶対</h2>



<p>さて、少しは本題に触れましょう。</p>



<p>信仰とは何か。すなわち絶対的な信念や信条、思い込みといった類です。</p>



<p>「信仰などくだらない。理屈が全てだ」という考えも、言ってしまえば理屈への信仰です。</p>



<p>せっかくなので、この「理屈信仰」の例えを使ってみましょう。</p>



<p>こういう理屈を信仰する人は、基本的に何に対しても理屈を持ち出します。「こういうロジックが～」とか「これにはこういう理屈が立つ」といった具合ですね。</p>



<p>あらゆることを理屈、そこから生じる必然で片付けてしまうため、理屈以外の考え方を容認できなくなります。</p>



<p>そうやって凝り固まって出来上がっていくのが、理屈への絶対信仰です。</p>



<p>人が絶対的な信仰を得れば、それはすべてにおいて優先されます。</p>



<p>何を言うにも何をやるにも理屈が通っていなければ落ち着かず、場合によっては理屈で証明できないものを「存在しえないもの」と排除しにかかるかもしれません。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>おやまぁ感情的。でも理屈で説明つかないもの、私もちょっともやっとしますね。</p>



<p>でも筆者が言いたいのは多分そういうことではない。どうでもいいけど</p>
</div></div>



<p>あるいは、「お気持ち教」とかは結構わかりやすいでしょうか。自分が傷つかないこと、不快な思いをしないことを教義としているので、ちょっとでも嫌なものを見れば、よくて遺憾砲、最悪発狂します。</p>



<p>まあある程度柔軟な人は他者の信仰に対してある程度開けた態度をとるわけですが（これも信仰と言えなくはないけど）……それでも、何かしらの信仰を持っているのは確かですね。そしてその信仰は自分の中では絶対のものであり、他の何よりも優先されます。</p>



<h3 class="wp-block-heading">教義にないものを受け入れる難易度</h3>



<p>率直に言って、信仰の外にあるもの、教義に存在しないものを受け入れるのはかなり難しいです。</p>



<p>特に難しいのは、教義に反する思想を取り入れる必要に迫られた時。自分自身の信仰が揺らぎかねないため、受け入れが非常に困難、最悪拒絶してしまいます。</p>



<p>例えばロジックを信じていれば他者の感情論の受け入れには非常に難儀しますし、逆に感情そのものを信仰すればロジックを「冷たいもの」としてはねつけたい衝動に駆られるでしょう。</p>



<p>たとえ受け入れることが合理的、正しい判断だったとしても、ついつい抵抗が生まれてしまう。これが信仰の絶対性ですね。</p>



<p>今「自分はどんな意見でも受け入れる」と思った方、あなたは人の意見を受け入れられない狭量な人です。なぜなら、「受け入れる」という自信が傲慢、あなたの器を超えた存在を視認できていないからです。</p>



<p>……どう思いましたか？不快な思いをされなかったでしょうか？腹立たしく思った方もいらっしゃるでしょう。</p>



<p>このように、自分自身が信じる姿形を否定されるのは非常に不快なこと。すなわち信仰の否定は不愉快極まりないこと。</p>



<p>自身の教義を否定するような信仰に出くわしたとき、不快な思いをする人は圧倒的多数派のはずです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">信仰はあらゆるものを超えた判断軸</h2>



<p>信仰とは何か。その問いに対しては、私個人としては「全てにおいて優先される、あらゆるものを超越した判断軸」と答えたいですね。</p>



<p>人間、どうあがいてもフラットな存在にはなれません。何かしらの偏りがあるのが自然と言えるでしょう。</p>



<p>この偏りこそが信仰の正体。<s>多分</s></p>



<p>「信仰など持っていない。自分は常に物事を客観視している」そんなことを思う方も、世の中にはたくさんいます。</p>



<p>実際、日本は神道くらいしか大多数が信じる宗教がありません。その神道も極めて曖昧で、もっと言えば昨今信じない人も増えています。</p>



<p>ですが、そういった方にも自分なりの哲学や正解があり、その哲学や正解を判断軸として頼っている。つまり人生哲学を信仰し、人生哲学を教義としてそれぞれの人生を歩んでいる。今回言いたいのはそういう論調です。</p>



<p>いくら「自分は信仰を超越している」「私は信仰の外側にいる」とうそぶいたところで、人生哲学や自分なりの正解という信仰からは逃れられません。人間そういう風にできています。</p>



<p>絶対の判断軸は、自覚の有無にかかわらず誰にでもある。そしてその判断軸はあらゆる価値観、理論よりも優先して展開されます。</p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>筆者の頭の中にも、便宜上ですが神（笑）が存在しているらしいですね。アホだろ、絶対</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">改宗することもある</h2>



<p>絶対の判断軸たる人生哲学もとい信仰ですが、その正体はあくまで人生哲学。当然経験や知識によってアップデートされていきますし、より信仰心が強まる人もいればあらゆる要素を吸収していく人もあります。</p>



<p>そして外部要因や自分の経験を吸収した結果、信仰の対象や教義もそれに合わせて変わっていきます。</p>



<p>つまるところの改宗ですね。「これこそが正しい」が存在しないのではなく、人生哲学のアップデートに合わせて信仰の対象が変化するわけですね。</p>



<p>人生哲学が無限に存在する以上、信仰も星の数ほどあります。その何でもありの信仰対象が学びによって変わることも、ある意味では必然と言えるでしょう。<s>無茶苦茶な理屈なのは自覚してる</s></p>



<div class="wp-block-cocoon-blocks-balloon-ex-box-1 speech-wrap sb-id-11 sbs-line sbp-l sbis-cb cf block-box not-nested-style cocoon-block-balloon" style="--cocoon-custom-background-color:#e8f5e9;--cocoon-custom-border-color:#4caf50"><div class="speech-person"><figure class="speech-icon"><img decoding="async" src="https://kokebutaikiru.com/wp-content/uploads/2021/10/16355648965932.jpg" alt="あかつき" class="speech-icon-image"/></figure><div class="speech-name">あかつき</div></div><div class="speech-balloon has-background has-border-color has-watery-green-background-color has-green-border-color">
<p>実際の宗教でも改宗という言葉がありますね。神様が信じられなくなったのか、さらに上の存在を別の宗教に見たのかは知りませんが</p>
</div></div>



<p>とはいえ、基本的に「何を信仰するのが正しいか」という軸がズレることは極めて稀だとも思います。人間、そう簡単に変わらないでしょうし。</p>



<p>そういう意味では、「改宗は基本的にありえない」とも言えますが……なんかめんどくさくなりそうなので深く話すのはやめておきましょう。</p>



<h2 class="wp-block-heading">信仰心の是非</h2>



<p>さて、信仰と言われるといい気分がしない人も多いでしょう。特に「あなたは何かを信仰しています」と言われたところで、反論できてもできなくても不快な思いが消えないという方も多いはず。</p>



<p>というわけで、最後に信仰心がいいのか悪いのかについても、ない頭で考えてみます。</p>



<p>結論から言うと、<strong><span class="marker-under">ケースバイケース</span></strong>。信仰心が善悪どちらに傾くか、そもそも善悪とは何かなど、ややこしいしめんどくさい基準が山ほど出てきます。</p>



<p>そこで、世間一般の善悪を基準としましょう。</p>



<h3 class="wp-block-heading">信仰心のいい面</h3>



<p>信仰心はその人の信念、折れない部分を表します。</p>



<p>折れないということは、その教義をひたむきに信じ続け、いかなる時も挫けず教義を掲げ続けることを意味します。</p>



<p>宗教などを見れば見えてきますが、厚い信仰心は人を勇敢にします。その信仰が前向きなものであればあるほど、困難な時でも信奉する価値観を武器に戦い続けることができるでしょう。</p>



<p>あとは深みですね。信仰とはその人が生きてきた軌跡のようなもの。人生哲学はあらゆる経験や知識、情報から成り立っており、人をその人たらしめる大きな要因となります。</p>



<p>一見すると量産型の人であっても、頭の中までみんな一緒ということはないでしょう。同じ「あの偉い人は正しい」でも、何をもって、どんな理由で正しいとしているかは人によって様々です。</p>



<p>信仰心は人の個性として輝くわけですね。信仰対象も教義も理由も無限にある以上、多くの人が似たような背景、信仰、教義を持つことは極めてレアです。</p>



<p>よくよく話を聞いてみると、十人十色で面白いですよ。</p>



<h3 class="wp-block-heading">信仰心の悪い面</h3>



<p>逆に悪い面はというと、信仰の正しさで凝り固まってしまう点ですね。</p>



<p>十字軍や自爆テロを見るとわかりますが、行き過ぎた信仰心は人を暴走させ、他者の価値観を否定し、場合によっては攻撃も辞さないことにつながります。</p>



<p>自分と違う考えを受け入れられない人は、得てして信仰心が強い人。その考え方は挫けない強さにつながりますが、同時に他者を排斥する狭量さにもつながってしまうわけですね。</p>



<p>特に多いのは善意で人に改宗を迫ったり、悪意を持って相手の信仰を打ち砕こうとするケース。</p>



<p>これらは相手の信仰を認められない、自分の正しさの絶対性を疑えないことから生じる暴発です。</p>



<p>もっとも、暴発と他者の信仰の否定・排斥が本当に悪なのかは天のみぞ知るといったところですが……少なくとも、された側がいい気をしないのは確かでしょう。敵を作ります。</p>



<p>唯一絶対の信仰から来るエリート意識も、信仰の危険なところでしょうか。</p>



<p>要するに、ナチュラルに他者の信仰を「下等」「愚か」と見なすわけですね。この場合は口や態度に出さない限り周囲への被害はありませんが、やはり人間。時折この他者を見下す姿勢が見え隠れしてしまう点は否めないでしょう。</p>



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          </div>

</div>




<h2 class="wp-block-heading">まとめ</h2>



<p>信仰は人生の集大成とも言える哲学・価値観であり、人をその人たらしめる重要な存在です。そして、人は信仰からは逃れられません。無論、信仰を超えた存在になることもできません。</p>



<p>信仰心はすべての人々に備わっており、それは神様仏様のみに向けられる狭義のものではない……というのが、私個人の答えですね。</p>



<p>また、その人の人生哲学や集大成・正解の判断軸という特性上、信仰はあらゆる要素よりも優先されます。これもまた、すべての人が抱える性です。</p>



<p>結局のところ、万物が信仰であり、あらゆる要素が信仰の対象になりえるわけですね。屁理屈っぽいですが、私はそう思っています。</p>



<p>信仰は決して悪いものではありません。付き合い方さえ間違わなければ、自分自身の強い味方となってくれるでしょう。<s>正しい付き合い方如何がそもそもお前の信仰とか言わんでくれ</s></p>



<p>無論、人の価値観は無限大。とすれば、「自分は信仰など持たない」「信仰を超越している」という考え方も、私の理解の外側にあるだけで、当然ひとつの正解なのでしょう。</p>



<p>とは言ったところで、私も人間。心のどこかで「すべての人は何かを信仰している」という考え方が絶対の正解のように思っているところがあるでしょう。</p>



<p>結局、何を正しいとするかは人によります。それぞれの正解を大事に、できれば他者の正しさを排斥せず<s>不快だし</s>、自分が信じる道を行けるといいですね。</p>
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